2008-05-11 (日)
ホリーミッション“聖なる任務”
イスラエルが建国60年を迎えた。先日「Specialist」ナチスSSでユダヤ人の最終解決手段として、強制収用所での虐殺を考案したアイヒマンの裁判を短くまとめたドキュメンタリー映画、その存在を知ってからずっと見たいと思っていたこの映画、偶然通りかかったBancarella(露店)で見つけ早速鑑賞しました。
Epson R-D1 Leica Summarit 90mm F2,5 Iso 200 Firenze にて
裁判でのやりとりは生き延びた証言者の生々しい肉声が、法廷内に響き、その訳された音声を噛み潰したような表情でずっと清聴するアイヒマンの姿が不気味です。返答には「戦時中、私は上層部(つまりはヒットラー)の命令に従わなければならなかった、、、」と責任回避、逃げ一本の姿勢で貫き通します。彼が裁判官に漏らした「一人の死は悲劇だが、数百人の死は統計でしかない、、」ミャンマーの惨劇を見ていると皮肉にもそんな言葉が頭を過ぎります。ユダヤ人にとってもっとも憎むべき存在であった彼の裁判がこうして映像として存在する影には“ホリーミッション(聖なる任務)”と殺害を最後まで禁じ、守り通したモサドの姿があった。
Fuji GA 645 60mm F4 Kodak 160 NC Pisaにて
アルゼンチンで名前を替え細々と暮らしているアイヒマンがいる、、その情報を得たモサドは入念な計画を立て、1960年、10人の実行部隊(10人全てが強制収用所で家族を失っていた)が絞られた。問題は当時の親ナチ:ファンベロン政権下のアルゼンチンへどう入国し、出国するかであった。だが運はモサドに味方した、、独立記念式典に参加する、、と言う建前の中、実行部隊を送り込み、27秒で彼を生け捕りに、べろんべろんに酔わせた上、彼を帰国便に乗せこみ、まんまと生け捕りに成功したのであった。
Olympus E-500 Leica Vario-Elmarit 14-50mm f2,8-3,5 トルコ イスタンブールにて
モサドの初代長官:イサーハレルは「帰国便で誰もが口を噤み、ミッションを知らせられていなかったクルー達はアイヒマンの前に無言で座り、大粒の涙を流していた、、、あのときに真に苦しみ、憎んだ者の前では言葉も無意味なのだ、、と言う事を悟った。彼を見つけ殺害する事など、モサドにとっては朝飯前の事だった、、だが彼を法廷の前まで連れて行き、全てのユダヤ人の前で懺悔させる、、これ以上の“ホリーミッション”はない事を実行部隊全ての人間が分かっていた」アイヒマンは情報流出を恐れたナチス生き残りに雇われたヒットマンに命を狙われるがそれもモサドが(皮肉にも保護する、、という形で)全て守り通した。1年以上続いた法廷でのやりとり、、全ての訴因上で有罪と確定、アイヒマンは1961年12月、イスラエルで行われた唯一の極刑(戦犯以外死刑は無し)として名を刻む事となる。他のアラブ諸国から憎まれ四面楚歌の状態でこの国が生き長らえてきた(しかも領土を拡大しながら)背景にはイスラエルを守るためには死も恐れない名もない人々の献身、犠牲があったことを忘れてはならないだろう。スピルバーグがいつかその一部始終を再現(Munichのように)してくれれば、、、と思っています。
Contax TVS 28-56mm F3,5-5,6 Ilford Delta 400 カッパドキアにてby レオナルド at 18:05 |comment (2) |TrackBack (0)



