12月15日、この日は嵐山・花灯路を見るべく京都へ。 夕暮れまでにまだ時間があるので二箇所をピックアップして拝観することにした。 最初の一つは、かつて神護寺に和気清麻呂公の霊社として祀られていた護王神社だ。 今は京都御所の西側・蛤御門(長州藩と会津・桑名藩との激戦の場所)の向かいにある。 移されたのは明治19年(1886)、明治天皇の勅命である。 ≫蛤御門とは


護王神社 和気清麻呂には、やはりいのしし。 ≫護王神社サイト

神額は賀陽邦壽(かや くになが)によるもの ≫賀陽宮家

京都御所との間、烏丸通りに面して清麻呂の偉業の絵巻がずらーっと並ぶ。

鳥居の真ん中にご覧のような石柱がある。 「神の使い・いのしし」と。

ごらんのように境内に駐車場(5台ぐらい)がある。

拝殿には巨大な2012年度の辰の絵馬。

拝殿の南側には四神の絵馬。 ≫四神とは 真ん中の額には御成敗式目 その第一条 「神は 人の敬に依って 威を増し 人は 神の徳に依って 運を添ふ」と掲げられている。 参考≫西野神社 社務日誌

本殿に向かって(拝殿の西側)に掲げられている「忠列」の言葉。 これ以上ない忠誠の言葉は軍艦「高雄」乗務員一同から寄進されたもの。 下の写真がそうである。


「高雄」の写真は拝殿西側の左下に控えめに掲げられている。 ≫高雄とは

本殿(明治19年)、御祭神は和気清麻呂公とその姉和気広虫姫 ≫護王神社の歴史


右側に回り内陣を撮影した

本殿横の部屋の中にあった色やさしい絵。 詳細は不明

境内にはいのししのコレクションが、神秘的なものからかわいいものまでたくさんある。

そのまま、「いのししコレクション」(笑)



ここまでが境内の南側のいのししたち。



京都において一番有名なのが法輪寺「針供養」、第二に針神社「針供養祭」、第三に武信稲荷神社の針供養祭、そして第四の針供養がここ護王神社でも行われる。2月8日のこと。 ≫護王神社の針供養祭

遠き天照さまに手を合わす。 ここまでが境内東側のようす。



≫久邇宮家

災害時などの警察や消防の方々の働きには頭が下がります。



さざれ石、最初に見たのは下鴨神社だったような気がする。 「これかぁ〜」と思ったら、けっこうあちこちにあるものだな。

本殿の右側にもっどってきた、ここにも手水舎がある。 北側の門から入ってこられる方のためだろう。

足腰の病にご利益があることでも有名な護王神社。 仏足石ならず清麻呂足石。 京都御所の西側を守護するかのように清麻呂公の威光は力強い。 足腰にご利益... 旅を生きがいとする私としては願ってもないことだ。
平成23年12月15日 参拝