2008-02-28 (木)
スノードロップ〜最終回〜 結婚 /結婚
●最終回 〜ずっと大切な人〜
わたしは毎日、病院にいた。
目を覚まさないおかあさんに話しかけたり、
タオルで身体をふいたり。
1日中、病院の中にいると、気分が沈むときがある。
そんなときは、いつも外に出て、自然の空気を吸い込む。
シンジに「結婚しよう」
と言われてから3日。
シンジは毎日、メールをくれる。
「おかぁさんの様子はどう?」
「なんか必要なものあるか?」と。
わたしは、素っ気ない返事しかできずにいた。
あの日。
わたしは、シンジにちゃんと返事できなかった。
「おかあさんのためにも、結婚して安心させてあげないとな」
シンジはそう言っていた。
だけど。
おかあさんがこんなときに、
わたしだけシアワセにはなれないよ。
---------------------------------------------------
バレンタインデーの日。
わたしは、いつものようにおかあさんに付き添いながら話しかけていた。
「おかあさん、今日はバレンタインデーだよ。
おとうさん、今年も会社の人からたくさんもらってくるんだろうね」
静かな病室に、わたしの声だけが響く。
「わたし、シンジにまだ何も買ってないんだ。
ねぇ、おかあさん。
わたし、こないだプロポーズされたんだよ」
おかあさんは、眠ったままだった。
でも、なんとなくだけど、
ちゃんと聞いていてくれているような気がした。
夕方、おとうさんが病院に来てくれた。
「リエも疲れちゃうだろうから、今日は帰りなさい。
おとうさん、明日休みとれたから、
明日もゆっくりしてていいから」
と、おとうさんが言ってくれた。
正直、ほっとした。
自分で決めたことだけど、
毎日、毎日、目を覚まさないおかあさんとふたりっきりでいるのは、
思っていた以上にツラかったから。
シンジと暮らす部屋へ帰る。
途中、モルティに立ち寄って、
1Fのバレンタインコーナーでチョコを買った。
『これから帰るよ』
シンジにそうメールしたけど、返事はなかった。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
家に帰ると、部屋は真っ暗で寒かった。
最近、病院に泊まったり、実家に泊まったりしてばかりだったから、
ここに戻ってくるのは、久しぶり。
テーブルの上には、飲みかけのビール缶と食べ物が置きっぱなしだった。
台所も、使ったまんまの食器でいっぱいになっていた。
・・・とりあえず、久しぶりにごはんを作ろう。
冷蔵庫には、野菜しか残っていなかった。
野菜だけを使った、肉なしの肉じゃがを作った。
シンジは、10時を過ぎても帰ってこなかった。
電話をかけてみたけど、出ない。
ごはんを食べて、待っていよう。
11時を過ぎたころ、電話が鳴った。
シンジだった。
「ごめん、電話気づかなかった」
「ううん、大丈夫。
いま、どこ?」
「あ、会社の人と飲んでる。リエは帰ってるの?」
「うん。いまごはん食べたとこ」
「そっか。じゃ、もうすぐ帰るわ」
そう言って電話を切った。
---------------------------------------------------
「おかえり」
シンジは帰ってくるなり、わたしにそう言った。
「ホント、しばらく家あけてごめんね。
ごはんとか大丈夫だった?」
「あ、うん。
友達と食べてきたりしてたし」
シンジはそう言いながら、上着を脱いだ。
「部屋、片付けてくれたんだ。わりぃね」
「ねぇ、シンジ。お風呂沸いてるよ。
一緒に入ろうか?」
「そうすっか」
「あ、その前に」
わたしは、バッグから買ってきたばかりのチョコを出した。
「手作りできなくてごめん。
今日バレンタインデーだから、はい!」
「おー、ありがとう。
なに?バレンタインだから帰ってきてくれたの?」
「ううん。ホントは今日も病院にいるつもりだったんだけどね、
おとうさんが気を遣ったのか、今日は帰っていいって」
「まじで〜?
おまえんち、ホント良い家族だよな」
シンジはそう言って少し笑った。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
お風呂の中で、
わたしたちは、この数日間会っていなかった間の話をいっぱいした。
おかあさんの意識がまだ戻らないこと。
でも、仲良くなった看護婦さんがいること。
ちょっと変わった先生がいること。
シンジもいろいろ話してくれた。
会社で一番人気の事務の女の子がケーキを焼いて持ってきたこと。
今日の飲み会は、その子に何をお返ししようかの話で盛り上がったこと。
来月、大阪に出張に行くこと。
帰ってきたとき、いつもより少し元気がないように思えたけど、
シンジはいつもの元気なシンジに戻っていた。
一緒にお風呂に入るとき、
シンジはいつも、わたしの足をマッサージしてくれる。
「やっぱり立ち仕事は大変だよなぁ」と言いながら、
わたしが頼まなくても、いつも必ずやってくれる。
シンジは、わたしの足をさすりながら、ふーっとひとつため息をついた。
「シンジ、あのね。
こないだの話なんだけど」
「ん?」
「結婚しようって話」
「あぁ」
“返事は待ってくれないかな?”
わたしがそう言おうとすると、
「まぁ、あせんなくていいから。
ゆっくり考えてよ」
シンジはそう言った。
この言葉に、少しだけ、切なくなった。
---------------------------------------------------
次の日の朝、
会社に行くシンジを見送った後、
すぐにおとうさんからメールがきた。
“おかあさんの意識が戻ったよ”
わたしは急いで病院へ向かった。
病院に着くと、おかあさんは別の病室に移されていた。
まだ、全然動ける状態じゃないけど、
おとうさんの言葉どおり、ちゃんと目を開けていた。
「おかあさん!」
わたしは思わず泣いた。
先生に呼ばれて、わたしとおとうさんで話を聞いた。
思っていたより状態はよく、
調子が良ければ、もう普通に話すこともできるらしい。
隣で話を聞いていたおとうさんは、
声を出して泣いていた。
その日の夕方。
病室から見える空は夕陽色に染まって、すごくキレイだった。
窓の外を眺めていると、
「リエ?」
後ろから、お母さんの声が聞こえた。
久しぶりに聞いたおかあさんの声。
たぶん、あの優しい声は、一生忘れないと思う。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あれから一週間。
おかあさんは、時々目を覚ましては、普通に会話ができるまでになった。
そう、こないだ、おかあさんが突然、
「シンジくんと結婚することにしたの?」
と聞いてきた。
「何で知ってるの?」
わたしがびっくりして聞き返すと、おかあさんは
「だってこないだ話してくれたじゃない?
あれ?それとも夢だったかな?」
と言った。
あのときの、こと?
意識が戻らないままだったのに、ちゃんと聞こえてたってこと?
それとも、わたしの気持ちが、おかあさんに伝わってたってこと?
戸惑うわたしをよそに、
「結婚式の予定は決まったの?」
と、おかあさんは話を続けた。
「ううん、まだ返事してないの」
「そういうことは、ちゃんとしなさいよ」
「そうだね。
ねぇ、起きてて疲れない?寝てもいいよ」
わたしは、おかあさんにふとんをかけ直した。
「じゃ、少し寝させてもらうわ」
おかあさんはそう言って目を閉じた。
わたしは、窓のほうを眺めた。
もうすぐ日が落ちる。
今日も一日が終わる。
「おかあさん、リエの結婚式までにちゃんと歩けるように、
リハビリ頑張るからね」
お母さんはそう言った。泣いているみたいだった。
わたしの涙も、止まらなかった。
---------------------------------------------------
2月最後の週末。
シンジが病院に来た。
「大安だから」とかって古くさいことを言って、
休みなのに、かっちりとしたスーツ姿で。
“昼すぎに行く”とメールをくれたから
ロビーで待っていたのに、なかなか来ない。
しばらくすると、髪の毛ぼさぼさの状態でやって来た。
「なに?その頭」
「おまえ、いまの突風、見えなかったの?
せっかく買ってきたのに、ぐちゃぐちゃになったし。
これじゃ、やべーよな〜」
そう言うシンジの手には、大きな花束。
お母さんのお見舞いに持ってきてくれたんだね。
シンジの髪型を直して、ふたりで病室に向かう。
「やっべ、すげー緊張してきた」
なんて、ぶつぶつと独りごとを言いながら歩くシンジ。
その姿があまりにもおかしくて、大声で笑うわたし。
病室の前に立つ。
「だいじょうぶ?」
「うん」
「じゃ、開けるよ」
せーの、でふたりで一緒に扉を開けると、
おかあさんはベッドの上で起きあがって待っていた。
おとうさんもおかあさんも、笑っていた。
---------------------------------------------------
いまは全然お金もなくてタイヘンだけど、
これからふたりで頑張って貯金して、
今年中には結婚式を挙げる、と
シンジは、うちの両親に宣言した。
シンジとわたしは、
今年のわたしの誕生日に、入籍する。
きっとこれからも、これまでみたいにいろんなことが起こる。
もしかしたら、結婚したらもっとタイヘンになるのかもしれない。
でも、名字が変わったって、わたしはわたし。
自分のペースで、ゆっくりと歩いていこう。
いつもわたしを支えてくれる、大切な人を信じて生きていこう。
おわり。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
by リエ at 22:32 │comment (1) │TrackBack (29) │
トラックバックURL http://blog.qlep.com/trackback/receive.php/163050/136566