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2008-02-28 (木)

スノードロップ〜最終回〜          結婚 /結婚

●最終回 〜ずっと大切な人〜


わたしは毎日、病院にいた。


目を覚まさないおかあさんに話しかけたり、
タオルで身体をふいたり。


1日中、病院の中にいると、気分が沈むときがある。
そんなときは、いつも外に出て、自然の空気を吸い込む。


シンジに「結婚しよう」

と言われてから3日。


シンジは毎日、メールをくれる。


「おかぁさんの様子はどう?」

「なんか必要なものあるか?」と。


わたしは、素っ気ない返事しかできずにいた。


あの日。


わたしは、シンジにちゃんと返事できなかった。


「おかあさんのためにも、結婚して安心させてあげないとな」

シンジはそう言っていた。


だけど。
おかあさんがこんなときに、
わたしだけシアワセにはなれないよ。


---------------------------------------------------


バレンタインデーの日。


わたしは、いつものようにおかあさんに付き添いながら話しかけていた。


「おかあさん、今日はバレンタインデーだよ。
 おとうさん、今年も会社の人からたくさんもらってくるんだろうね」


静かな病室に、わたしの声だけが響く。


「わたし、シンジにまだ何も買ってないんだ。
 ねぇ、おかあさん。
 わたし、こないだプロポーズされたんだよ」


おかあさんは、眠ったままだった。
でも、なんとなくだけど、
ちゃんと聞いていてくれているような気がした。


夕方、おとうさんが病院に来てくれた。


「リエも疲れちゃうだろうから、今日は帰りなさい。
 おとうさん、明日休みとれたから、
 明日もゆっくりしてていいから」

と、おとうさんが言ってくれた。


正直、ほっとした。
自分で決めたことだけど、
毎日、毎日、目を覚まさないおかあさんとふたりっきりでいるのは、
思っていた以上にツラかったから。


シンジと暮らす部屋へ帰る。


途中、モルティに立ち寄って、
1Fのバレンタインコーナーでチョコを買った。


『これから帰るよ』

シンジにそうメールしたけど、返事はなかった。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



家に帰ると、部屋は真っ暗で寒かった。


最近、病院に泊まったり、実家に泊まったりしてばかりだったから、
ここに戻ってくるのは、久しぶり。


テーブルの上には、飲みかけのビール缶と食べ物が置きっぱなしだった。


台所も、使ったまんまの食器でいっぱいになっていた。


・・・とりあえず、久しぶりにごはんを作ろう。


冷蔵庫には、野菜しか残っていなかった。
野菜だけを使った、肉なしの肉じゃがを作った。


シンジは、10時を過ぎても帰ってこなかった。


電話をかけてみたけど、出ない。

ごはんを食べて、待っていよう。


11時を過ぎたころ、電話が鳴った。


シンジだった。

「ごめん、電話気づかなかった」

「ううん、大丈夫。
 いま、どこ?」

「あ、会社の人と飲んでる。リエは帰ってるの?」

「うん。いまごはん食べたとこ」

「そっか。じゃ、もうすぐ帰るわ」


そう言って電話を切った。

---------------------------------------------------


「おかえり」


シンジは帰ってくるなり、わたしにそう言った。


「ホント、しばらく家あけてごめんね。
 ごはんとか大丈夫だった?」

「あ、うん。
 友達と食べてきたりしてたし」


シンジはそう言いながら、上着を脱いだ。


「部屋、片付けてくれたんだ。わりぃね」

「ねぇ、シンジ。お風呂沸いてるよ。
 一緒に入ろうか?」

「そうすっか」


「あ、その前に」

わたしは、バッグから買ってきたばかりのチョコを出した。


「手作りできなくてごめん。
 今日バレンタインデーだから、はい!」


「おー、ありがとう。
 なに?バレンタインだから帰ってきてくれたの?」


「ううん。ホントは今日も病院にいるつもりだったんだけどね、
 おとうさんが気を遣ったのか、今日は帰っていいって」


「まじで〜?
 おまえんち、ホント良い家族だよな」


シンジはそう言って少し笑った。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


お風呂の中で、
わたしたちは、この数日間会っていなかった間の話をいっぱいした。


おかあさんの意識がまだ戻らないこと。
でも、仲良くなった看護婦さんがいること。
ちょっと変わった先生がいること。


シンジもいろいろ話してくれた。
会社で一番人気の事務の女の子がケーキを焼いて持ってきたこと。
今日の飲み会は、その子に何をお返ししようかの話で盛り上がったこと。
来月、大阪に出張に行くこと。


帰ってきたとき、いつもより少し元気がないように思えたけど、
シンジはいつもの元気なシンジに戻っていた。


一緒にお風呂に入るとき、
シンジはいつも、わたしの足をマッサージしてくれる。
「やっぱり立ち仕事は大変だよなぁ」と言いながら、
わたしが頼まなくても、いつも必ずやってくれる。


シンジは、わたしの足をさすりながら、ふーっとひとつため息をついた。


「シンジ、あのね。
 こないだの話なんだけど」


「ん?」

「結婚しようって話」

「あぁ」


“返事は待ってくれないかな?”

わたしがそう言おうとすると、


「まぁ、あせんなくていいから。
 ゆっくり考えてよ」


シンジはそう言った。


この言葉に、少しだけ、切なくなった。


---------------------------------------------------


次の日の朝、
会社に行くシンジを見送った後、
すぐにおとうさんからメールがきた。


“おかあさんの意識が戻ったよ”


わたしは急いで病院へ向かった。


病院に着くと、おかあさんは別の病室に移されていた。


まだ、全然動ける状態じゃないけど、
おとうさんの言葉どおり、ちゃんと目を開けていた。


「おかあさん!」

わたしは思わず泣いた。


先生に呼ばれて、わたしとおとうさんで話を聞いた。


思っていたより状態はよく、
調子が良ければ、もう普通に話すこともできるらしい。


隣で話を聞いていたおとうさんは、
声を出して泣いていた。


その日の夕方。
病室から見える空は夕陽色に染まって、すごくキレイだった。
窓の外を眺めていると、


「リエ?」

後ろから、お母さんの声が聞こえた。


久しぶりに聞いたおかあさんの声。
たぶん、あの優しい声は、一生忘れないと思う。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


あれから一週間。


おかあさんは、時々目を覚ましては、普通に会話ができるまでになった。


そう、こないだ、おかあさんが突然、
「シンジくんと結婚することにしたの?」

と聞いてきた。


「何で知ってるの?」

わたしがびっくりして聞き返すと、おかあさんは
「だってこないだ話してくれたじゃない?
 あれ?それとも夢だったかな?」

と言った。


あのときの、こと?
意識が戻らないままだったのに、ちゃんと聞こえてたってこと?
それとも、わたしの気持ちが、おかあさんに伝わってたってこと?


戸惑うわたしをよそに、
「結婚式の予定は決まったの?」

と、おかあさんは話を続けた。


「ううん、まだ返事してないの」

「そういうことは、ちゃんとしなさいよ」

「そうだね。
 ねぇ、起きてて疲れない?寝てもいいよ」


わたしは、おかあさんにふとんをかけ直した。


「じゃ、少し寝させてもらうわ」

おかあさんはそう言って目を閉じた。


わたしは、窓のほうを眺めた。
もうすぐ日が落ちる。
今日も一日が終わる。


「おかあさん、リエの結婚式までにちゃんと歩けるように、
 リハビリ頑張るからね」

お母さんはそう言った。泣いているみたいだった。


わたしの涙も、止まらなかった。


---------------------------------------------------


2月最後の週末。
シンジが病院に来た。


「大安だから」とかって古くさいことを言って、
休みなのに、かっちりとしたスーツ姿で。


“昼すぎに行く”とメールをくれたから
ロビーで待っていたのに、なかなか来ない。


しばらくすると、髪の毛ぼさぼさの状態でやって来た。


「なに?その頭」

「おまえ、いまの突風、見えなかったの?
 せっかく買ってきたのに、ぐちゃぐちゃになったし。
 これじゃ、やべーよな〜」

そう言うシンジの手には、大きな花束。
お母さんのお見舞いに持ってきてくれたんだね。


シンジの髪型を直して、ふたりで病室に向かう。


「やっべ、すげー緊張してきた」

なんて、ぶつぶつと独りごとを言いながら歩くシンジ。
その姿があまりにもおかしくて、大声で笑うわたし。


病室の前に立つ。
「だいじょうぶ?」
「うん」

「じゃ、開けるよ」


せーの、でふたりで一緒に扉を開けると、
おかあさんはベッドの上で起きあがって待っていた。


おとうさんもおかあさんも、笑っていた。


---------------------------------------------------


いまは全然お金もなくてタイヘンだけど、
これからふたりで頑張って貯金して、
今年中には結婚式を挙げる、と
シンジは、うちの両親に宣言した。


シンジとわたしは、
今年のわたしの誕生日に、入籍する。


きっとこれからも、これまでみたいにいろんなことが起こる。
もしかしたら、結婚したらもっとタイヘンになるのかもしれない。


でも、名字が変わったって、わたしはわたし。
自分のペースで、ゆっくりと歩いていこう。
いつもわたしを支えてくれる、大切な人を信じて生きていこう。


おわり。

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2008-02-21 (木)

スノードロップ〜第11話〜          結婚 /結婚

●第11話 〜わたしという存在〜


「仕事を辞める」

そんなわたしの言葉に、シンジは、驚かなかった。


おかあさんが倒れた日の夜。
シンジは、ごはんを作って待っていてくれた。


シンジの料理は、いつも美味しい。
なのに、今日は、なぜだか食事が喉を通らない。


「無理して食うなよ」

シンジはそう言って、わたしの頭をなでた。


わたしは、思わず、声を出して泣いた。


この感情を、どんな言葉で吐き出せばいいんだろう?

ふさわしい言葉が全然出てこなくて、
無言のまま、ただひたすら泣くしかできなかった。


その間、シンジはずっと、ぎゅっと抱きしめてくれていた。


どのくらい時間が経ったんだろう。
さっきお風呂で温まったはずなのに、足の先が冷たくなっていた。


「明日仕事だろ?今日はとりあえずもう寝たら?」

とシンジが言った。


---------------------------------------------------


ベッドの中に入っても、わたしはずっと寝られずにいた。
きっと、シンジもずっと起きていたんだと思う。


外が明るくなってきはじめた、朝方、午前5時すぎ。


「眠れないの?」
と、シンジが言った。
「うん」

そうわたしが返事をして、起きあがろうとすると、
シンジは
「いいから、目つぶって横になってろ」

と言って抱きしめてくれた。


「ねぇ、シンジ」

「ん?」


「いまね、わたし、すっごく怖い・・・」

「うん」


「もしなんかあったら、どうしようって。
 そればっかり考えちゃって・・・」

「うん」


「わたしにできることって、なんなんだろう」

「おまえがそばにいてあげられるなら、
 おかあさんもきっと嬉しいと思う」


「でも、そしたら、今までとは全然違う生活になるよね?
 それもやっぱり不安で・・・」

「大丈夫だって。
 俺はずっとそばにいるから」


「うん」

「とにかく、リエがいま、
 おかあさんにできることをしてあげなよ」


『ありがとう』という言葉。
声に出せなかったけど、
シンジへの「ありがとう」の気持ちが、
何度も何度も、心の奥からあふれてきた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


起きてすぐに蒸しタオルで顔を覆って、
冷たい水で洗顔したのに、
泣きはらしたまぶたは、治らないままの朝。


でも、時間通りに店に行って、仕事だけはちゃんとやらないと。


駐車場に降りると、昨日降っていた雪が車に積もっていた。
エンジンをかけて暖めている間、雪おとしをした。


今年は、去年より雪が多いみたい。
なんだか、例年より朝の気温も冷たく感じる。


空を見上げると、今日もどんより曇り空。
この寒さが、わたしの不安定な心をひきしめてくれているように思えた。


---------------------------------------------------


店に行くと、わたしの事情を聞きつけたスタッフの子たちが
みんな心配して話しかけてくれた。


何気ない、いつもの職場。
いつものように、スタッフの子たちがいて、
いつものように、わたしを指名してくれるお客さんが来る。
ここに来たら、わたしはいつものように、きちんと仕事をするだけだ。


でも、ここでの仕事は、もうすぐおしまい。
できるだけ早く辞められるよう、今日、店長に相談してみようと思った。


「リエ、ちょっと時間いい?」

午後からのシフトだった店長が、出勤後すぐに話しかけてくれた。


ふたりで店を出て、ビッグアイの展望スペースに行った。
いつもは見晴らしの良いここからの眺めも、
今日は雪のせいで、郡山の街並みがまっしろく見えた。


店長は、前の店からここに来る時、一緒に働かない?と誘ってくれた人。
もう、6年の付き合いになる。
仕事のことはもちろん、プライベートでも仲の良かった先輩だから、
正直にいまの気持ちを、隠すことなく話すことができた。


いろいろ話して、わたしはとりあえず辞めさせてもらいたい、と伝えた。


すると、店長は
「そのことなんだけどね。
 昨日電話もらってから、きっとリエのことだからそう言うと思って、
 社長に話してみたのよ」

と切り出した。


「そしたらね、社長が『退社じゃなくて、長期休暇でどうだろう?』って。
 スタッフなら、他店の子まわしてもらうこともできそうだし。
 おかあさんの状態が良くなったら、また復帰したらいいじゃない?」


店長、社長、スタッフのみんな。
わたしは、ほんとうにいろんな人に支えられてここにいる。


「今日はもう、指名入ってないでしょ?
 店はいいから、本社に行って、その手続きをしてね」


店長はそう言った後、
「なんかできることがあったら、遠慮なく言って」

と、わたしの肩をポンっと叩いた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


仕事の帰りに、病院に行った。


お父さんは、ずっとお母さんに付き添っていた。


「おかあさんの様子はどう?」

「うん、意識は回復したんだけど、まだここからは出られないみたいだ」


ICUの中にいるお母さんを、ふたりで見つめながら、
お父さんとわたしは話した。


「お父さん、わたし、今日、長期休暇をとってきたから。
 わたしが毎日病院にいられるよ。
 お父さんは、明日から仕事に行ってだいじょうぶだから」

「長期休暇、とれたのか。それは助かるけど、
 でも、リエひとりに負担かけるわけにはいかないよ」

「でも、きっとお母さん、お父さんには定年まで仕事続けて欲しいと思う」


お父さんは、来年定年を迎える。
お母さんも仕事をしながら、ずっと支えてきたんだもん。
そう願っているに違いない。


「それに様子をみて、家のこともやれるだけ手伝うからね。
 お父さんまで倒れちゃったら、いやだもん、わたし」

「リエ、ありがとうね」


お父さんは、昨日より少しやつれて見えた。


「お父さん、家に帰って少し休んだら?」

「いやぁ、明日から仕事なら、今日くらいはお母さんのところに居るよ」

「家はだいじょうぶ?」

「一昨日から洗濯してないから、たまっちゃったな。
 リエ、お願いできるか?」

「わかった。夜ごはんの用意もしてくるよ」


コートを着て、一旦実家に帰ることにした。


---------------------------------------------------


カーテンを閉めたままの家の中は、
日中の陽が当たらずに冷え切っていた。


いつもと違う、誰もいない家。


おかあさんが帰ってこれない間、
おとうさんはここに一人で住むことになる。
おとうさんのこれからが、とても心配になった。


とりあえずわたしが病院に戻ったら、
お父さん、明日仕事だから、早く家に帰らせよう。


わたしはごはんのスイッチを入れ、おみそ汁と、野菜炒めを作った。
冷蔵庫の中から漬物や塩辛を出して、器に盛った。


それから、お父さんの布団の電気毛布をつけて、
お風呂の掃除をしてスイッチを入れて、
エアコンはつけっぱなしにして家を出た。


“ごめんね。今日は病院に泊まります”

と、シンジにメールをした。


病院に戻ると、シンジが病院に来ていた。


「どうしたの?」

「いや、泊まるならいろいろ必要かと思って持ってきた」

そう言って、わたしに大きな荷物を渡した。


その中には、わたしの着替えとかタオルとか、
お泊まりに必要なものがいっぱい入っていた。


「ありがとね〜」

シンジはこういうとき、本当に頼りになる人。
一緒にいてくれて、本当に必要な人。


静かな病院の中。
シンジとわたしも、ほとんど何も話さず、
ただガラスの奥にいるおかあさんを見ていた。


時計の針は、もう遅い時間を指していた。
すっかり夜になっていた。


「じゃ、俺そろそろ帰るわ」

「うん。ほんとありがとね」


シンジをロビーまで見送る。


「今日、ほんっと寒いよな」

「ホントに。冷えるよね」

「風邪ひかないようにしろよ」

「うん」


「なぁ、リエ」

「ん?」


「俺ら、結婚しような」


隣を歩いているシンジを見上げる。
白い息を吐きながら、シンジはわたしを見ていた。


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2008-02-14 (木)

スノードロップ〜第10話〜          日記 /日常雑記

●第10話 〜痛み〜


ねぇ、神様。


悲しいことは、シアワセと引き替えに与えられるものなのですか?


ねぇ、神様。教えて。


これから、わたしはどうしたらいいの?


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1月最後の週末。


朝6時。
お父さんから電話があった。
あまりに早い時間だったから、嫌な予感がした。


「もしもし。」
「リエ、いまシンジくんのところか?」

「そうだけど。
 どうしたの?こんな時間に」


「昨日の夜中に、お母さんが倒れたんだ」

心臓が、一瞬、止まったような気がした。
息ができなかった。


「え?」

しばらくして、やっと声が出た。


「とにかく、詳しいことは会って話したい。
 今日、仕事の前に、病院に来れるか?」


「わかった。すぐ行く。病院どこ?」


わたしは、電話を切ると、すぐに出かける用意をした。


隣で寝ていたシンジが、物音に気づいて起きた。


「こんな早くにどうした?」

「お母さんが、倒れたんだって」

「まじで?大丈夫なの?」

「わっかんないよ〜」


わたしは、正気でいられなくなって、
全身の力が抜けていくように、泣き崩れた。


「一人じゃあぶねぇから、俺病院まで送っていくよ。
 早く用意しろ」

シンジはそう言って、すぐに着替え始めた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


病院に着くと、お父さんはひとりで病室の外に立っていた。


「お父さん!」


わたしは、お父さんのほうへ走った。


「お父さん、なんで?
 どうしたの?お母さん」


「いや、お母さん、夜中に急にうなり声出しててな。
 様子が変だから、明かりをつけたら、お母さんおかしくって。
 びっくりして病院に連れてきたんだ」


「どうして?」


「詳しくは、検査の結果が出ないと分からないって、
 さっき先生に言われてな。
 いま検査が終わったばかりで、これから話聞くことになると思う。
 リエも一緒に、聞いてくれるか?」

「わかった」



お父さんとわたしは、ただひたすら待った。
静かな朝の、病院の中で。


お父さんは、震える私の手をにぎってくれていたけど、
そんなお父さんの手は、もっと震えていた。


“しっかりしなきゃ”

わたしは、涙が出るのを必死にこらえていた。


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「脳梗塞ですね」


先生が言った。
画像を指しながら、いろいろ話をしてくれた。


けど、すべてが初めてのわたしには、
その説明はあまりにも難しかった。


知りたいのは、症状じゃない。
これから、お母さんがどうなっちゃうのか、ってことだよ。


わたしは、先生の話を遮るように言った。


「あの。・・・お母さんは、治るんですか?」


先生は、これからのことを詳しく説明しはじめた。


もともとの高血圧が原因でこうなってしまったこと。
しばらくは入院して状態をみること。
もしかしたら、手足に障害が残ってしまう可能性が高いこと。
症状が落ち着いたら、リハビリをすすめたいということ。


血の気が引いていくのが、わかった。
目の前が真っ暗になった。


もっと、いろんな話をしてくれたように思う。
けど、この時の記憶が、ほとんど残っていない。


わたしは、全身の力をふりしぼって、先生に聞いた。


「お母さんは、いまどこにいるんですか?」


「ご案内します、こちらへどうぞ」

先生は、そう言って席を立った。


お母さんは、ICUの中で眠っているように見えた。


お母さんの周りには、いろんな機械が置いてあって、
ぴっぴっという音とともに動いていた。
非情にも機械の音がするだけで、
お母さんの声も、寝息も聞こえない。


ガラス一枚隔てた場所にいるお母さんが、
ものすごく遠くにいるように思えた。


まるでドラマのワンシーンみたい。
こんなことが、現実に起こるなんて・・・。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


日が昇りきる前に、弟とお嫁ちゃんも病院に来た。


わたしたちは、家族みんなで、お母さんが目覚めるのを待った。


しばらくして、看護師さんから、
入院の手続きに必要なものとかいろんな話をされた。
その準備をするのに、誰かが一旦家に戻らなきゃいけなかった。


「とりあえず、俺とおねえちゃんで行ってくるよ」

弟が言った。


弟が運転する車の中。
わたしたちは、ずっと無言だった。


外は雪が降っていた。
駅前を通り過ぎる。
いつも見上げているモルティのビルが、なぜだかやけに大きく見えた。


家に着いて、玄関の鍵を開けた。


ふわっと、家のにおいがした。


・・・この家に帰ってくるのは、何日ぶりだろう。
わたしは、あの日突然家を出てから、
一度もここに帰ってきたことがなかった。


弟とわたしは、お母さんたちの部屋に入って、
看護師さんに言われたものをバッグに詰めはじめた。


お母さんの衣類をタンスから出していたら、
急に涙が出てきた。


「やっぱり、わたしが勝手に出ていったからかなぁ?」


「そんなことないよ」


「でも、あんなに反対してたもん・・・」


「そんなことないって」


弟は、なだめてくれるようにそう言った。


「こないだだって、“リエどうしてるかな〜?”とかって明るかったし。
 “元気ならそれでいいんだけど”とか言ってたよ。
 だけど・・・」


弟は続けた。


「はじめは、やっぱりすごい落ち込んでたみたい。
 俺とお父さんに『好きにさせてやれ』って言われて、
 連絡とりたいのを我慢していたっぽかったけど」


全部、わたしのせいだ。


お母さんやお父さん、弟たちみんなが、
わたしのことを考えてくれていた間、
わたしは、どのくらい家族のことを想っていたの?
自分のことで精一杯だったじゃない。。。


・・・ほんとに最低だよ、わたし。


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結局、この日は、お母さんが目を覚ますことはなかった。


とりあえず今日はみんな家に帰るように、と先生に言われた。


「明日は、お父さんが病院に来るから、リエはいいぞ。
 仕事に行きなさい。今日も休んだんだから」

「でも・・・」

「だいじょうぶだから。明日は日曜だし、店も忙しいだろう?」

わたしは、しばらく答えが出ずにいた。


「とにかく、明日はだいじょうぶだから。
 これからのことは、みんなで明日の夜にでも話し合おう」

 
お父さんは、わたしをマンションまで送ってくれると言った。


わたしは、シンジに今から送ってもらうから、とメールを送った。


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マンションに着くと、シンジが1Fに降りて来ていた。


「すみません、こんな時に。はじめまして」


シンジはそう言って、お父さんにあいさつをした。


「それで、どうですか?お母さんの状態は」

そのシンジの質問に対して、お父さんは詳しく真剣に話しはじめた。


そして、お父さんは最後に、
「とにかく、明日はリエを仕事に行かせてください」と言って、
帰っていった。


部屋に戻ると、シンジは夜ごはんの準備をしていてくれた。


「なんか、いろいろとごめんね」

「おまえも今日はつかれたろ?
 とりあえず風呂で温まってこいよ」

「うん」


わたしは、いつもより長くお風呂に入っていた。


お風呂から上がって、
ふたりでいつものようにごはんを食べた。


お母さんのことをいろいろした。


病院に着いてから帰ってくるまでのこと、
今日一日に起きたことを、全部話した。


「っつーか、入院するなら、誰か病院にいるようだよな?」

「そうなの」


わたしはそう返事をした後、しばらく黙って考え込んでいた。


しばらく考えていたら、わたしの中で、ひとつの答えが出た。


「ねぇ、シンジ」

「なに?」


「わたし、仕事辞めるよ」


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2008-02-07 (木)

スノードロップ〜第9話〜          結婚 /結婚

●第9話 〜ふたりのルール〜


「それは彼氏さんがダメでしょ!
 ちゃんと言ったほーがいいですよ」


シンジとケンカをした次の日。
朝の準備のあいだ、職場の子たちに昨日の出来事を話した。


話したっていうより、愚痴か・・・。


「そーですよ。こーゆーことは、最初が肝心!
 このまま甘やかしてたら、結婚してもタイヘンですよ〜」


みんな、口を揃えて、そんなことを言った。


「じゃぁ、今日は、みんなで飲みにでも行きます?
 リエさんもたまには愚痴言って、スッキリしたほうがいいですよ」


こんなとき、オンナばかりの職場も悪くないな、って思う。


「ありがと。でも、今日は用事があるからまた今度ね」


わたしは、みんなに小さな嘘をついた。


ホントは、用事なんてない。


ただ、昨日あんな風に出ていったシンジが、
もし今日戻ってきたとき、
そこにわたしが居ないなんて、そのほうが悪いような気がした。
せめて、あの部屋に帰って、シンジを待とう。
そう思った。


好きな人と一緒に住むのって、

自分が考えてたよりタイヘン。

もっと、楽しいだけかと思ってた。


やっぱり、あまいのかなぁ、わたし。


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一昨日の夜に作ったシチューが、たくさん残っている。


けど、今日は違うのを作ろう。


仕事の帰り、いつものスーパーに立ち寄った。


お店の中をぶらぶら歩きながら、しばらくメニューを考えていた。
けど、全然ひとりじゃ決まらない。
いつも、シンジに「何にする?」って聞いてから決めていたから。


たった数週間のふたりぐらしなのに、
気づかないうちに、すっかりヘンなクセがついちゃった。


夜ごはんのメニューを決めること。
帰りの時間を報告すること。
ごみ出しの当番。
洗濯物のたたみかた・・・。


たったわずかの時間の間に、
わたしたちは、わたしたちしか知らない、
ふたりぐらしのルールを作っていたんだ。


これからも、ふたりだけの決めごとが、少しずつ増えていくんだ、きっと。
そういうものにあふれて暮らしていくんだろう。


そんなことを考えていたら、
身体にやさしいものが食べたくなった。


野菜たっぷりのお鍋にしよう。


やっと決まったメニューの材料を買って、家に帰る。


「シンジが帰ってきたら、いつも通りに“おかえり”って迎えたい」

そう思った。


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「おかえり。遅かったな」


玄関を入ると、キッチンからシンジの声が聞こえた。
「あれっ!?」

わたしは拍子抜けして、思わずヘンな声を出した。


「今日は俺が飯作るから。とりあえず風呂でも入れば?」


シンジは、少しだけよそよそしい感じがした。
けど、この一日、シンジがふたりのことを考えてくれていたんだってことは、
言葉がなくても伝わってくる。それがうれしかった。


それにしても、
シンジが一人でごはんを作るなんて、初めてじゃない?


「一人で大丈夫?」

「何いってんのおまえ。俺、めっちゃ料理うまいんだよ」

「へぇ〜。じゃ、おまかせしよっかな」

「おう。風呂沸いてるから入れよ」


「うん。ありがとね」


シンジに勧められるがまま、お風呂に入ることにした。


洗顔をして、鏡を見ると、わたしの背中越しになにか映った。

あ、お風呂用のスポンジ。
シンジ、お風呂掃除してくれたんだね。
あそこに置きっぱなしだけど。
よく見ると、シャンプーとかの位置もめちゃめちゃだわ・・・。


あったかいお風呂、気持ち良い〜!!!

今日みたいに一日ずっと寒かった日は、湯船に浸かるのがいちばん。

お風呂に入りながら、思った。

小さなことで、いちいち怒ったりくじけたりするのはやめよう、って。

これまで、別々に暮らしてきたんだもん。
生活の感覚の違いなんて、ふつーにあることじゃん。

ケンカした次の日も、
こうやってお風呂洗ったりごはん作ったりしてくれるんだもん。

いい彼氏じゃない!?


「おーい、もうすぐできるよ」

シンジがドア越しに言った。


「はーい、いま上がりまーす」


わたしは、いつもの場所にスポンジやシャンプーを片付けてから、
お風呂からあがった。


---------------------------------------------------


リビングのテーブルの上には、
食べきれないほどたくさんの皿が並んでいた。


「これ、全部作ったの?」

「そうだよ。簡単なやつばっかだもん」

シンジは、得意そうに話した。


チキンのトマトチーズオーブン焼き、
野菜がたっぷり入ったペペロンチーノ、
グリーンサラダ(たぶんドレッシングも自家製)、
そしてわたしが作ったシチュー。


「すごいね。なんでこんなの作れるの?」

「だって、うちの親、昔っから家で飯あんま食わないからさ。
 たまに兄貴とふたりで作ったりしてたもん」

「シンジ、絶対わたしよりレシピ多いよね」

「たぶん」


シンジが作った料理は、ホントにどれも美味しかった。
わたしは、食べながら、今日の料理の作り方を聞いた。
シンジは、細かく、でも簡単そうに説明してくれた。


「っつーかさ、おまえ、今日なんか作ろうとしてた?」

「なんで?」

「買い物してきた袋の中に、いっぱい野菜入ってたから」

「まぁ、鍋でもと思って買ってきたんだけど」

「あ〜、ごめんな。じゃ、明日鍋にしようか」

「そうだね」


お腹がいっぱいすぎて動きたくなかったから、
座ったまま、しばらくまったりとしていた。

「あっ!」
シンジが突然言った。
「なに!?」


「忘れてた」

シンジはそう言うと、キッチンへ向かった。


戻ってきたシンジの手には、ワインボトルとグラスがふたつ。

「これから飲むの?」

「おぅ、飲むぞ」

シンジはそう言って、ワインを開けた。


「これ、こないだの友達から。
 リエと飲んでくれって、今日もらったんだ」


シンジは、わたしのグラスに先にワインを注ぎながら、
「ホントにすいませんでした」

と、囁くように小さい声で言った。


「わたしも、あんな言い方してごめんね。
 乾杯しよっか!?」

「あと一本冷蔵庫にあるからな。今日は全部飲むぞ」

シンジは笑った。


この日の夜。
わたしたちは、久しぶりにいろんなことをいっぱい話した。
気が付いたら、夜中の3時を過ぎていた。


小さなケンカは、
些細なことで仲直りできる。


そう思った一日だった。


きっとこれからだって、いろんなことが起こると思う。
こないだみたいに、突然ケンカになって、
どちらかが家を出て行ってしまうこともあるだろう。


でも、これまでだっていろいろあったけど、3年も付き合ってきた。
「もうダメかも」と思ったり、「別れようか」と話し合ったこともあった。
けど、いつも、こうして一緒に居る。


そんなシンジとわたしの間には、
「切っても切れない糸」があるような気がするんだ。
きっと誰の目にも見えないけど、
見えないからこそ、太くてつよいものなのかもしれない。
・・・そう信じていたい。

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●第8話 〜はじめてのケンカ〜



ほら。

わたしにだって、できるじゃない。


「こうしたい!」って思ったこと。
やろうと思えば、できるじゃない・・・。


やっちゃえば、思ってたより全然やれちゃったし、
なんであんなに悩んでたのかさえ、バカらしく思えるよ。

・・・最近、こんなことばかり考えてる。
毎日、毎日、一日に何度も、おんなじことを考える。

あの日のことを、後悔しているのか、していないのか、
いまのわたしは、自分でもよく分からない。

実家を出てきて、1週間が過ぎた。

あの日。
わたしは、普通に仕事に行く日と変わらない感じで家を出た。

親には、今日から出るとも何も言わず、
ただ、ダイニングのテーブルに、手紙を置いてきた。

それから、お母さんからは一度も連絡をしてこない。
怒っているのか、あきれているのか、わからないけど。

---------------------------------------------------

「今日さぁ、夜飲み会だから、たぶんうちにみんな来るから」

シンジが洗面台から、朝の準備をしながら言った。

「あ〜、わたし、今日遅番だから帰り遅いよ。
 何にも用意できないかも?」

「あー、いいよ、いいよ。テキトーに買ってくるから」

話を続けながら、シンジはスーツに着替える。

わたしは、ここに住み始めてから、
そんなシンジの姿を見ていられることに、シアワセを感じている。

朝、起きて、簡単にごはんを食べて、
シャワーを浴びて、支度をする彼。

「じゃ、行ってきます」
そう言って仕事に出かけるシンジを、玄関まで見送る。

シンジが出かけた後、
わたしは、シンジが使った食器を洗って、
2日に一度は洗濯をする。

付き合い始めてから3年。
こんなにシンジを身近に感じたことは、これまでなかったように思う。

こんなに穏やかな日々が過ごせていることが、
それだけでシアワセに思える。

毎日、家を出る前に、部屋の中をチェック。
窓の鍵をかけて、
ガスが付いていないか確認して、
エアコンと電気のスイッチを切って、部屋を見渡す。

そして、毎日想う。

「やっぱり、ここに来てよかったな」

この部屋が、わたしの本当の居場所のような気がして。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

その日の仕事帰り。

「家で飲んでるんだったら、やっぱりなんか用意しよう」
と思いついて、買い物をしてから家に向かった。

シンジの友達って、会ったことはあるけど話したことない人ばかりだから、
なんか、緊張するなぁ。。。

部屋には、7、8人がごちゃごちゃと座っていた。
そこらじゅうにゴミが散らかっていて、騒がしかった。

きったな〜い!
タバコくさ〜い!

「こんばんは〜」
わたしがそ〜っとリビングに入ると、
「おかえり」とシンジが一言。
「あっ、どうもおじゃましてます」
みんなが一斉にわたしを見た。

とりあえず、買ってきたもので、焼きうどんを作る。
あと、簡単なつまみを3品作った。

それだけで、2時間近くかかった。

12時を過ぎても、相変わらず騒がしい我が家。

「お前も飲んだら?」とシンジが言ったけれど、
座る場所もないし、なんか、話に混ざれなそう・・・。躊躇した。

「明日、友達と会う予定だから、先に寝るね」
「そうか?わりぃな。おやすみ」

わたしは、ベッドのある部屋に行った。
うるさくて、しばらく眠れなかった。

---------------------------------------------------

朝起きると、シンジは隣に寝ていた。

わたしが起きると、シンジも目を覚ましたようだった。

「みんな何時に帰ったの?」
「わっかんねぇ」
「だいぶ飲んでたもんね。まだ寝てなよ」
「おーう」
シンジは、布団の中にもぐった。

リビングに行って、カーテンを開けようとしたら、
誰かの寝息が聞こえた。

なに!?
振り返ると、ソファや床で、3人が寝ていた。

・・・帰ってないじゃん。

起こさないように、静かにテーブルの上のゴミを片付けた。
人が来ると、こんなに散らかるんだねぇ。

とりあえず、出かける準備をした。
起きたとき、みんながすぐ飲めるように、コーヒーメーカーをセットして出かけた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

今日も遅番。

午前中は、かおりと会う約束をしていた。

かおりとは、高校時代の親友で、もう10年以上の付き合いになる。
短大の時から付き合っていた彼氏と結婚して、
去年、ママになったばかりだ。

待ち合わせしたファミレスの窓側の席に座って、かおりにメール。
“着いたよ。中で待ってる”
少し経って、返事が来た。
“ごめん、もうすぐ着くよ”

今日は日が射していて、少しあったかい。
ふと、“洗濯してきたかったなぁ”と思った。

かおりは、子供を連れてやってきた。

「おっきくなったね〜!」
「そうでしょ?2ヶ月ぶりぐらいだもんね。もうすぐ歩きそうなんだよ〜」

かおりは、ママになっても相変わらずおしゃれでかわいい。
赤ちゃんも、かわいい服を着ていた。

「元気にしてた?」
「うん。でも、なんか年明けからいろいろ大変だったぁ」
「でも、同棲でしょ?うらやましいなぁ。
 やっぱり、結婚する前に相手の生活観を分かっておいたほうがいいもん」

「そう思うんだけど、なにかと大変だよね、オンナって」

ちょっとしゃべっている間に、
頼んでおいたお子様用のプレートが来た。
かおりの子供は、小さな椅子に座って、おとなしくしていた。
まだ、スプーンを使いこなせていない感じが、すっごい可愛い!

「ところで、美咲ちゃんはお正月帰ってきたの?」

美咲ちゃんは、かおりの妹。
昔から姉妹仲が良くて、3人で買い物や映画に行ったりしていたから、
わたしもよく知っている子だ。
去年は、何度か美容室に来てくれた。

「それが会社の社員旅行とかいって、帰ってこなかったのよ〜」
「アパレルだっけ?」
「そう。なんか忙しいみたい」
「でも良かったよね。ついこないだまで、就職どうしよう?って悩んでたもんね」
「ほんとだよ〜。でもあの子には忙しいのが合ってるみたい。楽しそうだよ」

「そういえば、あのバーの彼氏とは、うまくいってる?」

美咲ちゃんは、去年、東京からこっちに戻ってきていた。
最後に会ったときには、「また東京に行くか迷ってる」とか言ってたっけ。
その後、かおりから、中学の同級生だった男の子と付き合い始めて、
一緒に東京で働いている、と聞いていた。

「なんか、彼も仕事落ち着いたみたいで、今年中には籍入れるらしいよ」
「え〜!美咲ちゃんが結婚!?」
「ねぇ、大丈夫かなぁ。ちゃんとやっていけるのか心配だよ」

「ところで、リエは結婚しないの?」
かおりは、子供にごはんを食べさせながら、わたしの目をみて聞いた。

「ねぇ。そんな話にはなってないんだ・・・」
「結婚する気はシンジくんだってあるんでしょ?」
「どうなんだろう?そのへん聞いてみないと分かんないよ」
「そうかぁ。早くリエのドレス姿みたいんだけどなぁ〜」
と、かおりは笑った。

仕事の時間が近づく。
駐車場で、かおりとバイバイした。

チャイルドシートに子供を乗せているかおりを見て、
“やっぱりシアワセそうだなぁ”と思った。

今日は、わたしも早めに帰って、一緒にごはんたべようかな

そうだ、今夜はシチューにしよう。

休憩時間に、モルティパン屋さんで食パン買っていこう。

シンジに、今夜のメニューをメールした。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

結局、シンジからメールの返事はこなかった。

“まだ寝てたりして・・・”
今日はシンジ休みだし、たまにはごろごろしてるのもいいと思う。

「ただいま」
玄関のドアを開けると、嫌な予感がした。

靴が多い。
煙い。
・・・なんで!?

部屋の中に入ると、また友達がいた。
今朝寝ていた3人だ。
シンジもまざって、4人でプレステに夢中になっている。

「おう、おかえり」振り返ってシンジが言う。
「どうしたの?」とわたしは聞いた。

「いやぁね、あのままみんな昼まで寝ててさぁ。
 そのあとパチンコ行ったらみんな負けちゃって。
 で、金がねぇから、家飲みっつーことでこうなったの」


「ふーん」
台所で買ってきたものを整理しながら、シンジの話を聞いていた。
「なに?今日シチュー?俺食いたい!」
シンジは嬉しそうに言った。
「って、みんないるじゃん・・・」とわたしが言うと
「シチューなんていっぱい作れるだろ。じゃ、よろしくなっ!」
シンジはそう言ってわたしの肩を叩いて、冷蔵庫からビールを持っていった。

わたしがシチューを作っている間、
シンジたちは、飲みながらゲームしていた。

うるさいなぁ。盛り上がりすぎだよ〜。
っていうか、いくら仲いいったって、
友達も少しは気を遣ってよ〜。
2日連続うちにいるってどーゆーこと?ありえない・・・。


ピンポーン。
家のチャイムが鳴った。

「はーい」
玄関を開けると、管理人さんが立っていた。

「なんでしょう?」
「あの〜、昨日からこちらのお宅がうるさいと
 お隣さんから苦情が出ていまして。
 夜遅いですし、もう少し静かにしてくださいよ」


・・・最悪だ。

「シンジ、ちょっと、いい?」
わたしは、シンジを寝室に呼んだ。
「今日はもう帰ってもらって」
「なんで?」
「隣の人から苦情が出たの!」
「でも飲んでるし、代行呼ぶのもなぁ」
「じゃ、わたしが送っていくよ!」
「それじゃあ追い返すみたいじゃんかよ。静かにすればいいんだろ?」

それだけじゃないよ、もう!
ちょっとはわたしのことも考えてよね!

と、言いたいところをぐっと我慢した。

「とにかく、静かにしてよ。わたしもう寝るから」

わたしは、できたばかりのシチューを食べずに、寝室にこもった。

も〜、やだ〜!!!

---------------------------------------------------

朝起きると、友達はいなかった。

昨日よりさらに汚くなった部屋をみて、ため息が出た。


わたしは洗濯機をまわしている間、昨日作っておいたシチューを食べた。

シンジは、昼すぎに起きてきた。
すぐソファに座って、テレビをつけた。
わたしがコーヒーを出すと、一人でゲームを始めた。

今日はわたしも休みだから、どっか行こうって、
前から言ってたのに・・・。

3時、4時・・・。時間だけが過ぎていく。
会話もないまま。

泣きそうになった。

「なんなの?おまえ?」
ゲームをやる手をとめ、シンジが振り向いてそう言った。

わたしが返事をしないで黙っていると、またゲームを始めた。

はぁ。もう、ダメだ。

「いくら休みだからって、2日もうちに来るっておかしくない?」
わたしは、かなりトゲのある言い方をした。

「いいじゃん。オレの家だし」
「わたしが一緒に住んでるんだよ!?」

「めんどくさいなら、ほっとけばいいだろ。
 なんか作れとか、俺、言ってないし」

「そういうわけにいかないよ!
 片づけだって全部わたしがやってるんだよ!?
 仕事で疲れて帰ってきてるのに」


「うっせぇなぁ。まじでむかつく・・・」

そう言うと、シンジはそれから無言になった。

しばらくすると、着替えて出かけようとしていた。

「どこいくの?」と声をかけると、
「別に」と答えて、玄関のほうに向かっていった。

「一緒にいてケンカになんのイヤだし」
そう言って、シンジは部屋を出ていってしまった。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

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2008-01-24 (木)

スノードロップ〜第7話〜          結婚 /結婚

●第7話 〜クルマで10分の距離〜


シンジは、それから一週間もしないうちに、
あのマンションへと引っ越した。


引っ越しの日の夜は、近くのスーパーで買い物をして、
普段あまり飲まないワインをあけて、ふたりで乾杯した。


結局、冷蔵庫とかレンジといった家電は、友達からもらったらしい。


「みんなに部屋借りることにしたって言ったら、中古探してくれたりしてさぁ。
 思ったより金かかんなくて良かったよ」

シンジは、そう言って笑っていた。


わたしが仕事だったこないだの週末のあいだに、
この部屋には、だいぶモノが揃っていた。


シンジの部屋にあったベッドやソファも、
友達が車で運んでくれたらしい。


いつの間にか、ネット回線もスカパーの手配もしてあるし。


ホントに、シンジって、友達がいればなんでもできちゃうのね。
その人脈の広さには、いつも感心する。


・・・そのかわり、ゴミはすごいことになっていた。


キッチン台の上には、ビールの空き缶や焼酎の空きボトル、
フローリングには、ごみ袋がみっつ。


「ねぇ、今日から住むっていうわりには、
 あの台所いっぱいのごみはなぁに?」


「あ〜、それこないだみんなに手伝ってもらったとき、
 『引っ越し祝いだ』っつって酒とか持ってきてくれてさ。
 みんなして朝までここで飲んだの。ゴミの日いつだっけ?」


「燃えるゴミは明日だけど、瓶・缶は、え〜っと・・・。
 来週じゃん!どーすんのこれ〜」


「じゃあ、袋に入れてまとめておけよ。明日の分は、お前朝出してって。
 あとさ、これ、もう一回温めてよ」


そう言ってわたしにピザを渡した。


シンジはソファの上で横になって、すっかりくつろいでテレビを見ていた。


“なに?えらそうに〜!まったく・・・”

そう思ったけど、なんか一緒に住んでるって感じがして、
少しだけうれしい気持ちになった。


---------------------------------------------------


「それよりさぁ、おまえ、いつからココに来るの?」


「う〜ん・・・」


「っていうかさ、お前、なんでそんなに迷ってるわけ?
 ここにくるとなんか困ることでもあんの?」


うちのお母さんのことを、シンジに言っていいのかな?って、
これまでもずっと迷っていた。


けど、これから一緒に住むなら、やっぱりちゃんと話しておこう。


「・・・実は、うち、ちょっとおかしいんだ」

わたしは話を切り出した。


昔から妙に過保護に育てられてきたこと。
お母さんが決たことしかさせてもらえなかったこと。
なんでも干渉してくること。


男の人と付き合うことに、あまりいい顔をしないこと。
実は、シンジとのことも、あんまり良く思われていないこと。
これまでも、シンジのことで何度もケンカしてきたこと。。。


・・・初めてだった。
お母さんのことを誰かに言えたのは。


シンジは、横になったままだったけど、真剣に聞いてくれていた。


「でもさ、おまえ、今年30だろ?いくら子ばなれできてないっつっても、
 このままじゃ、まずいよなぁ〜」


「でしょ?でもね、わたしが何を言っても聞かない人だから・・・」


「おまえは、これからどうしたいの?」


「・・・離れたい。
 できるなら、ここでシンジと暮らしたいよ」


思わず、涙が出た。


シンジは、よし、よし、と言ってわたしの頭をなでた。


「とにかく、これからのことは、ふたりで考えていこうな。
 なんなら、おれ、おまえんちに挨拶にいくからさ」


「うん。ありがとう」


この部屋でのはじめてのお泊まりの日。
わたしは、シンジのやさしさが、素直にうれしかった。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


次の日の朝、
わたしは、シンジを見送ってから、
マンション下のゴミ置き場にゴミを捨てて、家へ帰った。


昨日、無断外泊したから、きっとお母さんは怒っているはず。


お母さんが仕事に行く時間になるまで、
マンションの駐車場で時間をつぶしていた。


ここから家まで、クルマで10分。
たったそれだけの距離。
なにかあったら、いつでもすぐに帰れる距離。


わたしにとっては「たったそれだけ」でも、
お母さんにとっては、そうじゃないんだろう、きっと。


家に帰ると、クルマは2台ともなく、
ふたりとも仕事に出かけた後だった。


“シャワーだけ浴びてから仕事行こう”

そう思って、とりあえず部屋に向かった。


部屋のテーブルの上には、メモが置いてあった。


『今夜は早く帰ってきなさいよ 母』


わたしはお母さんのケータイにメールした。


“今夜は早く帰ります。
 私も話したいことがあるので”


とりあえず、シンジと住むことは、もう一度ちゃんと話さなきゃ。


---------------------------------------------------


雪がちらちらと舞う一日だった。
空は灰色がかった曇り空。完璧な冬の色をしていた。


わたしは、こんな寒い日、外を歩くのがイヤで、
いつもモルティの中で済ませる。


今日は1Fのロッテリアで、エビバーガーとコーヒーでランチ。
窓側の席に、とりあえず座る。
はぁ〜、あったかい食べ物って、なんだか落ち着く。
こないだのエビチリサンドも美味しかったけど、
やっぱりここは、エビバーガーが一番!だと思う。


窓から、外の景色を眺める。
駅前を歩く人の姿もぽつりぽつりで、
正月、人通りが多くて賑やかだった街並みが、
すこしだけ寂しそうだった。


ケータイの着信をチェックすると、
シンジからメールが入っていた。


“どっかで風呂で使うやつ買ってきて。
 あんまりにおいキツくないのがいい。リエにまかせる”


だいぶ漠然としすぎてて、わっかんないんだけど?


“ボディソープとかシャンプーとかってこと?

 今日は部屋に行けないんだけど、明日でも間に合う?”


返信したあと、向かいにあるボディショップの中をみて歩いた。


シャンプーとかももちろんだけど、
バスアイテムをボディショップで揃えるなら、
やっぱりバスオイルとかボディローションもほしくなる。


それよりも、
シンジが好きそうな香りってなに?
だいぶいろいろ見たけど、結局シンジに聞いてみないとわからないので、
とりあえず今日は、気になるものをチェックするだけにしておこう・・・。


ケータイが鳴った。


“明日でいいよ。俺も今日は家に帰るから。
 リエもちゃんと、親と話せよ!”


シンジからのメールだった。
シンプルだけど、だからこそなんだか勇気が出た。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


その日の夜は、弟夫婦も揃っての夕食だった。


みんながいたほうが、話しやすい。
そう思ったから、少しホッとした。


わたしが仕事から帰ると、
玄関先から、いい匂いがした。
お母さんは、お嫁ちゃんと一緒に、
楽しそうに話しながら、夕食の支度をしていた。


弟は、お父さんと飲み始めていた。


今夜は、海鮮チゲ鍋。


「お姉ちゃんも飲むか?」

お父さんはそういうと、グラスを持ってきた。
「ありがとう」

わたしは、弟が注いでくれたビールを飲み始めた。


「ところで、お姉ちゃんは、結婚しないの?」

弟が、急にそんなことを聞いてきた。


「結婚は、まだかなぁ?でも、近いうちに彼氏と一緒に住むんだ」

突然のわたしの切り出しに、
お母さんは「えっ?」と言って、しばらく黙った。


「まじで?良かったじゃん。
 実はさ、俺ら、この家に入ろうかと思ってたんだ」

と、弟が言った。


「そうなんです。やっぱり、この先アパートにずっといると、
 なかなか貯金もできないので」

お嫁ちゃんが言った。


「なら、ちょうどいいじゃん。
 わたしの部屋空くから、2部屋使ったら?」


「お父さんは、どう思う?」

弟が聞いた。


「おまえたちが入ってくれるなら、
 お父さんもお母さんも安心だけど。ねぇ、お母さん?」

と、お父さんが言うと、
それまで黙っていたお母さんが言った。


「まぁ、お母さんもあんたたちが入ってくれるのは嬉しいわ。
 だけど、リエ。
 お母さん、あなたがシンジ君と一緒に住むなんて聞いてないよ」


「こないだ話したでしょ?
 ふたりがこの家に入るなら、わたしが家出るのが普通じゃない?」


「まだ結婚するかしないかも分からないっていうのに、
 何を考えてるのかね、シンジ君も」


「結婚するかどうか決める前に、 
 とりあえずふたりで生活してみよう、ってうちらが決めたんだからいいじゃん」


お母さんとわたしだけの会話が続いた。


「俺も、お姉ちゃんが彼氏と住むの賛成だけどね。
 一回家を出て、何でも自分でやってみたほうがいいと思うよ、お姉ちゃんは」

弟が、フォローしてくれた。


「でも、結婚前に一緒に住むなんて・・・」

お母さんが言った。


「だけど、いくら反対されても、わたし決めたから。
 もう部屋だって借りて、シンジはそこに住んでるし。
 お母さんがそんなに言うなら、近いうちに連れてくるよ」


「部屋を借りた?あなたたちで、勝手に決めちゃったの?
 それなら、家に来てもらわなくてもいいわよ!」

お母さんは、語調を強めてそう言った。


「借りた部屋ってどこなんだ?」

お父さんが聞いた。


「駅からすぐのとこ。ここから10分くらい」

わたしがそう言うと、


なんだ、近いんだしいいじゃないか?お母さん。
 お金のほうは大丈夫なのか?」

とお父さんは言った。


「うん、なんとかなるから平気」

とわたしは答えた。


でもお母さんは、やっぱり賛成できない」

お母さんは、最後までそう言い続けた。


この日の夜。
わたしは、お母さんのかたくなな姿を見て、
今度の休日に、家を出ることを決心した。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

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2008-01-17 (木)

スノードロップ〜第6話〜          結婚 /結婚

●第6話 〜ふたり暮らしの第一歩〜


今年、はじめての休日の朝は、シンジからの電話に起こされた。


「あのさぁ、買い物付き合ってくんない?
 いろいろありすぎてワケわかんなくてさ」


シンジはそう言うと、昼頃迎えに行く、といって電話を切った。


そっか、シンジも休みか。
世の中は、まだお正月休みの真っ最中だ。


居間に降りると、お父さんとお母さんはこたつでまったりとしていた。


わたしは、お母さんが入れてくれたコーヒーをすすりながら、
テレビから流れる駅伝の番組をぼんやり眺めていた。


「そうだ。準備しないと。
 わたしこれから出かけるから」

「そう。いってらっしゃい」


お母さんとそんな会話をした後、お風呂場に行こうと居間を出た。


その時、ふと思いついた。


“・・・言うなら、今かな?”


「ねぇ、お母さん」


心臓がものすごくドキドキした。


お母さんは、新聞を読みながら、話半分で聞いていた。


「もし、わたしがうちを出て暮らすって言ったらどうする?」


わたしが言うと、お母さんは一瞬、わたしの顔を見た。


「暮らすって、一人で?
 あなたは無理よ。何にもできないんだから」


「一人じゃないよ。シンジと一緒」


「結婚もしてないくせに、ダメって言うに決まってるでしょ」



わたしは言った。


「それでも一緒に暮らすから、って言ったら?」


お母さんは、広げていた新聞を半分に折って、
今度はじっくりとわたしの顔を見た。


なに?本気で言ってるの?
 そんなことしたら、お母さん、絶対許さないからね。
 順番ってものがあるでしょ?」


お母さんの口調は、いつもに増して厳しかった。


「でも・・・」


話を続けようとした時、玄関から声がした。


「ただいま〜!」


弟夫婦が家に来たのだった。


弟たちは、新年のあいさつをすると、
お父さん、お母さんと話しはじめた。


まぁ、いいか。
また後で話せば。


それにしても、「順番」って。
相変わらず、古いこと言うよね。
いまなんて、みんな同棲してから結婚してるって。


シャワーを浴びながら、お母さんのことを少し疎ましく感じていた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


シンジは、お昼ちょっと過ぎに迎えに来た。


とりあえずお昼を食べることになって、ファミレスに向かった。


「さっき鍵もらったばっかしなの。
 飯食ったら、とりあえず部屋に行ってみような」


シンジはそう言って、助手席にいるわたしの目を見た。


その言葉、その表情には、
もう、何の迷いもないように思えた。
「ふたりで暮らす」ということは、
シンジにとっては普通のことで、もう決まっていることのように思えた。


わたしだって、一緒に住めるならそうしたい。
シンジとなら、きっと楽しく暮らしていけると思う。


もう付き合って3年になるし、
結婚のことだって、考えてもいい時期だと思う。
たぶん、シンジだってそれを考えて、
「一緒に住もう」って言ってくれてるんだよね?


だけど・・・。
さっきのお母さんのことを考えると、
きっとわたしが何て言っても、反対するんだろうな。
一度言い出したら、絶対曲げないもん。


もうこんな歳だというのに、
親の言いなりになって、身動きがとれないわたし。


わたしにもう少し強さがあったら、
自分の思うように行動できるのに。


ちょっとだけ、先が不安になった。


---------------------------------------------------


「3LDKって、結構、広いんだね〜」


部屋の中に入ると、何もないその空間は、聞いていたより広く感じた。


玄関も広いし、キッチンだって、もったいなさすぎるほどの大きさだ。


「普通、この広さならファミリー用じゃねぇの?
 そういえば、この階の部屋は、子供がいる家族が多いって言ってたなぁ」


5階の角部屋。
道路側で、車の音が少しだけ気になるけど、
陽当たりも良いし、ベランダも広くてキレイだし、ステキな部屋だ。


「ここからなら、お前も歩いて店に行けるだろ?」

「え?歩くのはちょっと遠くない?」

「ならチャリで」


シンジは、窓を開けて、ベランダから外に出た。


「ところでさぁ、もし、一緒に住むってなったら、
 家賃とか生活費とか、どういう風に考えてるの?」


わたしも、ベランダに出た。
風は冷たいけど、ホントに陽当たりがいい。


「どうしようなぁ。そこんとこ全然考えてねぇ。
 っつーか、お前、すぐにここ来れんの?」


「できるだけ早く、来たいなぁ・・・」


わたしが小さな声でそう言うと、
シンジはぎゅっと抱きしめてくれた。


「俺が急に勝手に決めたことだし、焦んなくていいから。
 これからのことも、まぁ、ゆっくり考えようや」


「うん」


わたしはうなづいて、シンジの身体にもたれかかった。
シンジの体温は、やさしかった。


「よし、買い物に行こうか」


シンジは、いつもの笑顔で、明るくそう言った。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


わたしたちは、何もない部屋の中で、
とりあえずフローリングの床に座りながら、
「何を買えばいいかを話した。


「とりあえず、テレビとソファとテーブル、
 あ、あとベッドも俺がいま使ってるヤツでいいだろ?」

「でも、やっぱりここは下にカーペットかラグマットしいたほうがいいよね?」

「だよなぁ、寒いよなぁ」

「っていうか、ここってエアコンは・・・」


ふたりで部屋中を探したら、リビングと別の部屋に一台ずつあった。


「でも、エアコンだけじゃ寒いよなぁ」

「うん、暖房はもっとほしいね」


あとは、冷蔵庫、電子レンジ、食器・・・。
思いついたものを、とりあえず紙に書き出してみた。


そのうち、買い物のことよりも、
インテリアとか暮らし方の話で盛り上がった。


あそこには何を置く?
ごはんはここで食べよう!
寝室には観葉植物を置こう!
朝ごはんはパンかごはんか?・・・とか。


週に一度は一緒にごはん作ろう。
たまには友達呼んで家で飲もう。
帰りが遅い時は必ず連絡する・・・とか。


これまで、ずっと自由気ままに生きてきたシンジが、
ふたり暮らしをこんなにも楽しみにしている。
それが、うれしかった。


こうして話している時間が、
ものすごくシアワセに感じた。
このキモチが、ずっとずっと続けばいい。。。


「で、何から買えばいいんだ?」

シンジは、気が付くと、すでに3時を過ぎていた。


「とりあえず、外に出ようか」

そう言って、わたしたちは部屋を出た。


エレベーターを出て前を歩くシンジの後ろ姿が、
なんだかいつもより頼もしく思えた。

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「とりあえずは、カーテンじゃない?
 カーテンないと、外が気になって眠れないよね」


そんなわたしの提案で、とりあえず駅前に向かった。


モルティの中に、カーテン屋さんがあることを思い出したから。


駐車場に車を停めて、4Fへ向かう。
エスカレーターを降りると、目の前の「TGM」が気になった。


「ちょっと、寄っていい?」わたしはそう言って、キッチンアイテムのあるコーナーを見て歩いた。
「どうせ買うなら、やっぱりオシャレなもので揃えた〜い!
 ほら、奥にバス用品もあるじゃん!」


「お前、さっき『まずはカーテン』って言ってなかったっけ?」

シンジのそんな言葉も聞き流しちゃうくらい、
夢中になってお店の中を歩いた。


この店には何度も来ているけど、
いつも逆側にある小物とかバッグのあるコーナーばかり見ていた。
自分の状況が変わると、
お店の見方も変わるもんなんだな、と思った。


「俺、先にカーテン見てるから」

シンジのその一言で、ようやく我に還った感じ。
「待って、わたしも行く」


お店は、TGMの隣にある「with」というところ。
前々から知ってはいたけど、中まで入るのはこの日がはじめてだった。


中には、色とりどりのカーテンがた〜くさんあって、
ここでもまたワクワクした。


「おい、これ全部10000円だって!安くねぇ?」

「ほんとだ!カーテンって、こんな安いもんなの?」


「おい、どーするよ?これ、選べんの?」

「ねぇ、かわいいのいっぱいあるね」


わたしたちは、とりあえずどんな色がいいかとかを話した。
そして、「柄がひかえめでシンプルなのがいい」という結論になった。


「これがいい!」
とふたりの意見が一致したのは、
ベージュ地に大きめの花が描かれたツートーンカラーのカーテンだった。


店員さんと、いろいろ話をした。
サイズは?と聞かれて、「あっ!」と思った。


窓の大きさ、測ってこなかったよ・・・。


「では、生地はこれで抑えておきますので、またご連絡ください」店員さんはそう言って、見送ってくれた。


「サイズなんて考えてなかったな」

「そうだね。とりあえずメジャー買って部屋に戻ろうか」

「だな。考えてみれば、冷蔵庫とかカーペットも、サイズ分かんないと買えなくね?」


この日、購入したのはメジャーと、
たまたまコンビニで見つけたインテリアが特集された雑誌だけ。


「こんなんで大丈夫かね?うちら」

と、わたしが聞いた。


「なんとかなるんじゃねーの?」

シンジは笑って、そう答えた。


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2008-01-10 (木)

スノードロップ〜第5話〜          結婚 /結婚

●第5話 〜ふたりで・・・!?〜


『こないだはゴメンね。
 もし良かったら、明日の夜、飯食いに行きませんか?』


シンジから、「ごめんメール」がきたのは、
イヴのドタキャンから3日も過ぎた日のことだった。


その間、わたしから連絡することはなかった。


なんて返事しようか、しばらく迷って、
オッケーの返事を送った。


きっと、マユミたちに話したら、また怒られるんだろうな・・・。


友達にシンジの話をすると、いつもみんな、同じことを言う。
「わたしだったら、許せない」

「一度痛い目に合わせないとダメだよ」って。


これまでも、何度もすっぽかされたりドタキャンされたりしてきたけど、
シンジのことを一方的に責めたことは一度もない。


もちろん、ムカつかないわけじゃない。
でも、自分のそんな気持ちを、
シンジになんて伝えたらいいのかが、わからない。


ムカツクっていったら、「ああ、そう」って言われそうだし、
もし、別れたいっていったら、「じゃぁそうしよう」っても言われそう。


そんな不安のほうが大きくて、シンジを責める言葉が見つからない。


・・・結局、わたしは、シンジに嫌われるのがコワイんだと思う。


それに・・・。


シンジは、いつもこうやって、
わたしの機嫌を見かねて、タイミング良くフォローしてくれる。


友達には「それに騙されてるんだよ!」と言われるけど、
これはこれで、案外、素直に嬉しいって思えるものだ。


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次の日、シンジは家の前まで迎えにきてくれた。


「今日は、いつもよりリッチなもんおごってやるから」

「お金だいじょうぶなの?」

「こないだ、3万勝ったんだよねっ」

「パチンコですか・・・」


シンジが連れていってくれたのは、郊外にあるレストランだった。
“こんな格好で来ちゃって良かったのかな?”と気が引けるほど、
きちんとしたお店だった。


「昔、よく親に連れて来てもらったんだ。
 ここ、まじでうまいんだって!」

シンジは、ものすごく嬉しそうな顔をして言った。


わたしは、こういう店に来たことがあまりないせいで、
めちゃめちゃ緊張して、妙にきょろきょろとして落ち着かなかった。


「だいじょうぶだって。
 今日はオーナーのおまかせで作ってもらってるから」

「・・・うん。
 でも、初めてじゃない?こういうとこ連れてきてくれたの」

「あ、そうかも。俺も家族と以外は来ねぇしなぁ」

「じゃ、なんで今日は?」


「あ、それはですね・・・」シンジはグラスを置いて、姿勢を正した。


「こないだのクリスマスの約束のことを、ちゃんと謝ろうと思って。
 いくらなんでも、あれは俺が悪かった。ゴメン・・・」

「そんな・・・。もういいよ気にしてないから」


わたしが笑って答えると、
シンジの顔が、真顔になった。


「いや。それと、もうひとつある・・・」


ホントに真面目な顔で、改まってそんなことを言うから、
急に不安に襲われて恐くなった。


「・・・なに?」

小さい声でわたしは聞いた。


「年が明けたら、一緒に住まない?
 こないだ話した賃貸マンション、契約したから」


“契約した〜っ!?”

突然の告白に、返す言葉が出てこなかった。


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それからわたしは、
おいしいフルコースをゆっくりと食べながら、シンジの話を聞いていた。


「なんかさあ、こないだ、いきなりうちの親父がさ、
 『せっかくの機会だから、お前も自立して生活してみろ。
 ゆくゆくはこの家を出なきゃならないんだぞ』
とか言い出したんだよね。
 そんな金ねぇって言ったら、『いい年して何言ってるの!』って
 かあちゃんには怒られるし。
 俺が自分勝手な生活してっから、いい加減あきれてんだろうな〜」


シンジはそんなことをさらっと言ってのけた。


だからといって、
テレビは今のがあるけど、
冷蔵庫とかフツーにでかいの欲しいだろ?
洗濯機もないと困るよな?
レンジとか炊飯ジャーとか、結構必要なものって買わなきゃじゃねぇ?


そんな話を続けた。


いやいや、その前に、『一緒に住む』って〜!?


「ちょっと待ってよ、わたし、まだそんなの決めてない!」
「でもさぁ、お前って、実家から出たことないんだろ?
 お前も、親から自立できる良いチャンスじゃね?」


たしかに、シンジのいう通りだ。
それに、ふたりでなら、家賃や生活費も半分で済むだろうし
一人暮らしするよりはダンゼン心強い。


「うん・・・。
 でも、シンジは、親から自立して生活する自信はあるの?」

「だって俺ら、もう来年30だし。できません、じゃ、すまないだろ?
 やってみなきゃわっかんねぇけど、面白そうじゃね?自由だし!
 うわっ、この肉うめぇ〜」


シンジは子供みたいにおいしそ〜に料理を食べながら、
ちょっと大人めいた意見を言った。


「とにかく俺は、もう親から家出ろって言われちゃったし、
 1月からあそこ借りて住むからな。
 リエが迷ってるなら、よく考えてからでいいから」


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その日の夜。


家に帰ったわたしは、
なんとなくお母さんと顔を合わせるのがイヤで、すぐに部屋にこもった。


この家を出て、シンジと暮らす・・・?


そんな大事なことを、わたし一人で決めることができるんだろうか?
お母さんは、何て言うんだろう?


そんなことを考えながらも、


でも、もう30だし、いい加減、先のことを考えなきゃ。
いつまでもこのままで良いわけない。


そう思う自分がいた。


PCの電源を入れて、ネットを開く。


「引っ越し」「生活アイテム」「家電」・・・


いろんなキーワードで、いろんなサイトを探していた。


気が付くと、また夜中の3時をまわっていた。


「決められない」とか言いながら、
どこかでわたしも、これまでの自分から抜け出したかったんだ。


・・・どこかで、シンジのことを頼りにしていたんだ。



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大晦日の夜。


こたつにあたりながら紅白を観ていたら、
お母さんが「さて、そろそろ準備しないと」と立ち上がった。


そう。
我が家では、毎年この時間に、家族みんなで開成山大神宮に初詣に出かける。


いつからなのか、物心ついた時から、この行事は毎年の恒例になっている。


いつもだいたい、11時半すぎに出かけて、
たくさんの人の列に並ぶ。


弟は、いつからか「友達と出かけるから」とか言って、
大晦日の夜、家にいることが少なくなったから、最近はほとんど一緒には行かない。
けど、わたしは、たぶん、毎年欠かさず、この家族行事に参加している。


昼間からの雪が降り積もって、ものすごく寒い夜だった。


「お父さんもお母さんもいい年なんだから、
 無理して毎年こんな夜中に来なくてもいいのに・・・」


わたしがお父さんにそう話しかけると、


「でも、お母さんが毎年たのしみにしてるから。
 元気なうちは、来ないとなぁ」


と、お父さんは答えた。


たしかに、お母さんは楽しみにしている。
わたしは、“行きたくないなぁ”と思いながらテレビを観ているのに、
楽しそうに準備をするお母さんにつられて、毎年付いてきてしまう。


でも・・・。


もしわたしが結婚したら、
この行事はお父さんとお母さんふたりきりになっちゃうのかな。


年越しそばを大晦日にみんなで食べたり、
元旦の朝には、何日も前からお母さんが一生懸命つくったおせちやお雑煮を食べたり、
そういうことが、できなくなっちゃうのかな。


そしたら、お母さん、寂しがるだろうな。


長い長い列に並びながら、
お父さんとお母さんの隣で、わたしはそんなことを考えていた。


だけど、やっぱり、わたしはわたしで、
これからのことを自分で決めて、歩いていかなきゃいけないんだよね。
いつまでも、親に甘えていちゃダメなんだ!


シンジとも、ちゃんと向き合って、これからのことを話し合わなきゃ!
もし、一緒に住むことになったら、
シンジに頼りっぱなしのままじゃ、きっとうまくいかなくなると思うし。


うちらの番がきて、お賽銭を入れて両手を合わせた。


“今年は、わたし、いろんなことをしでかすと思いますが、
 どうぞお手やわらかに、見守っていてください”


初詣の帰り道。
途中でコンビニのポストを見つけることができた。
“ラッキ〜”これでやっと年賀状出せた。(もう年は明けたけど)


今年はいよいよ三十路。


年のはじめに、
こんなに悩みごとを抱えているうのも、生まれてはじめて。
きっと、今年一年に起こりうる、いろいろなことを予兆しているんだろう。。。


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2007-12-27 (木)

スノードロップ〜第4話〜          結婚 /結婚

●第4話 〜20代最後のクリスマス〜



12月22日。


世の中は、今日からクリスマス3連休。


そのせいか、今日は朝から、妙に街が混雑しているように思えた。


この3連休。
わたしは、というと。


22日、遅番。
23日、遅番。
24日、早番。


3連休、なんて言葉は無縁だけど、
結局、シンジと何の約束もしていないわたしにとっては、
なんとも都合の良い、救いの手のようなシフトだ。


この日、担当した最初のお客さんは、20代前半の人だった。
ご来店は、初めての人だった。


「あのぉ。3時くらいに終わりますか?」

お客さんは、申し訳なさそうに、控えめな感じで聞いた。


3時かぁ。
かなり微妙だが、ギリギリ間に合わなくもない。


「お約束か何かですか?」

「はい。今日、これから彼氏と約束しているんで・・・」


彼女は、今日からの3連休、
東京方面に出かけるのだという。


約束の時間に間に合うと聞いてホッとしたのか、
彼女は笑顔で、その小旅行の計画について、
楽しそうに話してくれた。


きっと、彼はすごくやさしくてマメな人なんだろうなぁ。
彼女のことを大切にしている、ということが、
彼女の話を聞いていて、すごくわかる。


セットを終えたのは、2時50分だった。


“ぎりぎり、間に合った〜”とホッとしていたわたしに、
彼女は、「急がせてすみませんでした。ありがとうございました」と、
とびきりかわいい笑顔を見せてくれた。


すごく丁寧な人。
まだ若いのに、きちんとした人だなぁと感心した。


“いい恋、しているんだなぁ”


女の子って、ホントにいい恋をすると、
キレイになるだけじゃなくて、
気持ちが素直になったり、
人にやさしくなったりして、
周りの人を幸せにできる生き物なんだ・・・。


店を出た後も、振り返って手をふる彼女を見て、そんなことを思った。


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その日、仕事が終わってケータイを見ると、シンジからの着信があった。
メールも入っていた。


『仕事終わったら電話して』


すぐにかけ直した。けど、出なかった。
おそらく、また飲み会かなんかだろう。


わたしは、帰る途中でTSUTAYAに立ち寄った。
なんとなくすぐには帰りたくないとき、
特になにも用事がないとき、
時間をもてあましているとき、
いつも真っ先にココを思い出す。


ココは週末の夜、いつも混んでいるけど、
今日はいつも以上に人が多いような気がした。


雑誌コーナーをひととおり見て歩いた。
「あ、テレビガイド・・・」思いついて、

週刊誌のコーナーに行こうとしていたら、
電話が鳴った。
シンジからだ。


「もしもし?お前いまどこ?」

「TSUTAYAだけど」

「飯くった?」

「食べてないの?」

「お前もまだだろ?一緒に食おうよ。ロイホ集合で」

「わかった。じゃね〜」


こういうとき、シンジはすぐに決断できる人だ。
優柔不断なわたしと違って、
なんでも、ぱっぱっって決められちゃうシンジの性格を
うらやましいなぁと思う。


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「シンジ、さっき電話したとき何してたの?」

「パチンコ。負けたけどね」

「また負けたの?」

「まじで、今月やばいよ、俺!」

「ちょっと、いい加減にしてよね。
 クリスマス、まだなにももらってないんだけど・・・」

「お前が貸してくれるっつーなら、何でも買ってやるよ」


メニューを決めている間、わたしたちはそんな話をしていた。


呆れる・・・。まじで。


「ところで、お前クリスマス仕事なん?」

「そうだよ。早番だけど」

「あのさぁ、仙台行かねぇ?俺、一回行ってみたかったんだよね」


「仙台のイルミネーション!?行ってみたい!」

「じゃ、仕事終わったら電話して

「うん!」

「でも、俺、金ねぇかんね?」

「わかってるって・・・」


イヴの2日前に、やっと決まった、ふたりのクリスマス
行き当たりばったりな感じだけど、まぁいいんじゃない?
もう、きゃーきゃーとはしゃぐような歳でもないし。


でも、シンジと過ごせるクリスマスは、3年ぶり。
付き合い始めたころの、ワクワクした気持ちを思い出した。


やっぱりいくつになっても、
クリスマスって、なんかドキドキするものだ。


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12月24日。


天気予報では、今日は雪は降らないらしい。


“雪道の運転はコワイから、嫌い。
去年みたいに、あんまり雪が降らなければいいのに”

そんなことを思いながら、店へと向かった。


店に着いてすぐに、予約リストを見る。
今日は、予想以上に余裕がありそうな一日だった。


イヴ当日は、毎年、夕方くらいからいつもより少し、暇になる。
それは予想していた。


今日は思ったよりもお客さんは来ないだろう。
だからきっと、定時で帰れるはず。
仙台のイルミネーションは12時までらしいから、
こっちをのんびり出ても間に合いそうだ。


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お昼は、ウォルトでパンを買った。
ランチにしようかどうか迷ったけど、
最近太ってきたのが気になるから、今日はパン2個で済ませよう。


お昼のあと、いつもより少し時間があったので、
香水屋さんに寄った。


時間があると、たまにここに来て、いろんな香水をテイスティングする。


自分の好きな香りを探すのって、
わたしにとっては、かなり楽しい時間だ。


「あっ!」

“インカント”の新シリーズがもうすぐ発売だって!
もう2年くらい前からこのシリーズが気に入ってしまい、虜になっている。


1月中旬発売、かぁ。


シンジ、金ないって言ってたし、
クリスマスプレゼントは、来月にこれってのも悪くないなぁ。


今日、相談してみよっ。


とりあえず、シンジに電話した。
出なかったけど、すぐにかかってきた。


「もしもし?何してんの?」

「あ〜、会社の後輩とパチンコ」

「お金ないのに、よくやるねぇ〜」

「いいじゃん。今日は、俺が付き合ってやってんだから!」


「でさぁ、今日、何時にこっち出る?」

「なにが?」


はぁ?
この人、いま、なんて言った?


「なにが、じゃないでしょ?!
 今日仙台行くってこないだ話したばっかじゃん」

「あ〜。今日だっけ?忘れてた、ごめんごめん」


シンジは、いつもこうだ。


自分で言ったことをすぐ忘れる。
約束しても、平気で別の予定を入れる。
謝ればなんとかなると、思っている。


もう、3年も付き合っていれば、いいかげんその性格にも慣れたし、
ちょっとのことでは驚きもしない。
最近では、「またか」という呆れのほうが大きいかもしれない。


「シンジの車で行くでしょ?」

気を取り直して、わたしはそう訊ねた。


「っつーか、また今度にしねぇ?
 今日さぁ、これからボードに行くってさっき友達に言っちゃったんだよね」


わたしは、言葉が出なかった。


「わかったよ、もういいわ」


そう言って、電話を切った。


涙も出ない。


わたしって、シンジにとって、どんな存在なんだろう。


もう、ホントに、分からないよ。


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「リエさん、今日、杉山さん風邪でお休みだって。
 さっき店長から電話ありました」


店に戻ると、スタッフの子がそう伝えてくれた。


・・・毎年、いるんだ、こういう子。


ホントに風邪なのか、それとも仮病なのか、
その真相は本人じゃないと分からないけど、
毎年、クリスマスやバレンタインといったイベントの日には、
かならずと言っていいくらい、急に休む子が、一人はいる。


店長に折り返し電話をする。
「そういうことでね、ごめん、リエ。
 今日後半、誰か残ってくれる人いないか聞いてみてくれる?」

「あ、わたし残りますから、大丈夫です」

そう答えて、電話を切った。


これからみんなに聞いたところで、いるわけないじゃん。
今夜、急遽なんの予定もなくなった、わたしぐらいしか・・・。


夕方以降の店内は、静かだった。
他にやることがなかったから、
棚を整理したり、軽く掃除なんかもした。
必要もないのに、在庫チェックもした。


だって、動いてないと、気持ちの整理がつかなそうだったから。


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仕事が終わって、店を出る。


ラストまで一緒だった後輩と一緒に、
夜ごはんを食べにいくことになった。


「リエさん、駅前歩いていきません?キレイですよ」

「そうしよっか?」


わたしたちは、白い息を吐きながら、駅のほうへと向かった。


駅前のひろばを歩きながら、辺りを見渡してみる。


幾千もの蒼い光が、夜の街を照らしている。


「これ、すごいですよねぇ。ほんと、キレイ・・・」

後輩が隣でそう言った。
「ここのイルミネーションって、こんなにキレイだったかなぁ」

わたしは、独り言のようにそうつぶやいた。


長かった一日も、あと2時間ちょっとで終わる。


今年も、あと一週間で終わっちゃうんだな。


今年も、いろんなことがあった。


弟が結婚して、新しい妹ができた。
職場でのポジションが、ひとつあがった。
親友のカオリが、ママになった。


シンジとは相変わらず続いている。
何年ぶりかに、お母さんと大喧嘩した。
夏に行こうとした旅行が延期になったまま。


キラキラした街並みを歩きながら、
今年のいいこと、わるいことを、いろいろ思い出していた。


来年は、どんなことが起こるのだろう?


5月になれば、わたしも30歳になる。


来年の今頃は、わたし、どうなっているんだろう?


いまよりも強く、なっていますように・・・。


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2007-12-20 (木)

スノードロップ〜第3話〜          くらし /くらし

●第3話 〜母とわたし〜


シンジの家に泊まった次の日。


お母さんとケンカした。


理由はカンタン。
我が家では、無断外泊は許されないのだ。


それは夕食の時間。

いつものように、3人で夜ごはんを食べていた。


食事の途中、お母さんが、不機嫌な声で聞いてきた。


「リエ、昨日はどこに泊まったの?」

「どこって?
 シンジんとこに泊まるってメールしたじゃん」

わたしが不機嫌に答えると、お母さんは怒りはじめた。


「メールすればいいっていう話じゃないでしょう。
 嫁入り前の娘が、何してるの?」

お母さんのものの言い方は、丁寧だけどいつもキツイ。
言葉を選んでからではなく、思ったことをストレートに言う人だから。


わたしは、返すコトバが思いつかなくて、黙るしかなかった。


こんな言い合いは、特別なことじゃない。
でも、いつもなら、口げんかになる前に、わたしがその場から逃げる。


“今日はいつもと違う”と察したのか、
お父さんは、いつもより早く食事を終えると、
何も言わずにお風呂に向かった。


お母さんとわたし、ふたりきりになると、お母さんは話を続けた。


「なんだかリエ、シンジくんとお付き合いするようになってから、
 前と全然雰囲気も変わっちゃったよ。どうしたの?」

「別にわたしは、何も変わってないと思うけど」