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プロフィール
ハンドルネーム
じゆん
自己紹介
著者略歴
畠中 淳(俳号 じゆん)
昭和8年12月6日、北海道常呂郡訓子府町生まれ。
日本大学(国文学専攻)卒業。北海道公立学校・日本大学東北高校・三島高校(短大講師兼務)を経て、現在…日本大学非常勤講師・解釈学会委員・俳誌『杜鵑花』主宰・子規研究の会代表理事・日本大学国文学会・俳文学会所属・元よみうり・日本テレビ文化センター(蒲田)講師会会長。昭和50年4月19日、日本大学本部より「近代俳句の研究」により学術助成金を授与される。
※俳句は、『ホトトギス』および同系俳雑誌で学ぶ。
著書
「俳句鑑賞12ヶ月」・「やさしい俳句」・「たのしい俳句」・「山房独語」・「野間叟柳」・「加藤拓川」・「内藤鳴雪」・「蝦夷の空・伊豆の海」・「俳句のおもて裏」・「子規・虚子文学の遠近」・「子規の軌道とその周辺」(入門書・随筆・研究書)・「えぞにう」・「虎落笛」・「北斗の柄」・「雲雀野」・「畠中じゆん句集」・「百千鳥」・「文学摺草」・「吾亦紅」・「新樹光」・「伊豆の細道」(句集)・「国語国文学要覧」楓桜社・「俳句の旅」ぎょうせい・「日本名句集成」学燈社・「ふるさと歳時記」角川書店・「しずおか俳句歳時記」静岡新聞・「横光利一辞典」おうふう(共同執筆)。
年齢
74 歳
性別
男性
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2008-05-16 (金)
キョウノ一句0309


対岸にまづ菜の花黄水仙黄

 

解説

 毎朝の散歩の風景でしょうか。春一番に対岸に菜の花の黄色と水仙の黄色が競いあうように咲いているのが目に入ったのでしょう。対岸からの眺めで近くへ行けないもどかしさも感じられる。

 坂上美果 記



[山房独語]   卓越した自然描写と格調   じゆん


 飯田蛇笏(本名 武治)、明治十八年四月二十六日、昭和三十七年十月三日没 山梨県東八代郡に父宇作、母まきじの長男として生まれる。

 三十二年、甲府中学に入学したが、三十五年に退学。上京して遊学後、早稲田大学英文科に入学して、早稲田吟社(主宰 高田蝶衣)に籍を置いたが、後に高浜虚子の門を叩く。しかし、虚子が小説に専念することを宣言したこともあり、四十年に、故郷に帰り、豪農の稼業を継いだが、大正元年、虚子が俳壇に復帰して「ホトトギス」の選を復活した事により、俳句に対する情熱を再熱するに至った。

 大正四年に、俳誌「キララ」(雲母)を創刊、以後これにより、多くのすぐれた門下を養成した。自然の中に鍛えられたその逞しい精神句の格調は抜群で高く評価され、中央俳壇に知られた。句集には「山廬集」・「霊芝」・「山響集」・「白嶽」・「心像」・「春蘭」・「雪峡」・「家郷の霧」などがある。

 父の蛇笏没後、「雲母」を継いだのは、戦中・戦後三人の兄を失った飯田家も継いだ四男の故龍太であり、次のような句がある。

   父母の亡き裏口開いて枯木山        龍太

[参考]

  死火山の膚つめたくて草いちご

  芋の露連山影を正しうす      ※「俳句辞典」桜楓社他




月刊誌『杜鵑花』より一日一句ご紹介しております。

月刊誌 『杜鵑花』毎月15日発行

A5判 約46ページ

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編集発行人 畠中じゆん

発行所    さつき句会

        〒411-0823静岡県三島市御園660-16

        電話 055(977)3656

        FAX 055(977)3656




by じゆん at 08:33 |comment (0)
   
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