対岸にまづ菜の花黄水仙黄
解説
毎朝の散歩の風景でしょうか。春一番に対岸に菜の花の黄色と水仙の黄色が競いあうように咲いているのが目に入ったのでしょう。対岸からの眺めで近くへ行けないもどかしさも感じられる。
坂上美果 記
[山房独語] 卓越した自然描写と格調 じゆん
飯田蛇笏(本名 武治)、明治十八年四月二十六日、昭和三十七年十月三日没 山梨県東八代郡に父宇作、母まきじの長男として生まれる。
三十二年、甲府中学に入学したが、三十五年に退学。上京して遊学後、早稲田大学英文科に入学して、早稲田吟社(主宰 高田蝶衣)に籍を置いたが、後に高浜虚子の門を叩く。しかし、虚子が小説に専念することを宣言したこともあり、四十年に、故郷に帰り、豪農の稼業を継いだが、大正元年、虚子が俳壇に復帰して「ホトトギス」の選を復活した事により、俳句に対する情熱を再熱するに至った。
大正四年に、俳誌「キララ」(雲母)を創刊、以後これにより、多くのすぐれた門下を養成した。自然の中に鍛えられたその逞しい精神句の格調は抜群で高く評価され、中央俳壇に知られた。句集には「山廬集」・「霊芝」・「山響集」・「白嶽」・「心像」・「春蘭」・「雪峡」・「家郷の霧」などがある。
父の蛇笏没後、「雲母」を継いだのは、戦中・戦後三人の兄を失った飯田家も継いだ四男の故龍太であり、次のような句がある。
父母の亡き裏口開いて枯木山 龍太
[参考]
死火山の膚つめたくて草いちご
芋の露連山影を正しうす ※「俳句辞典」桜楓社他
月刊誌『杜鵑花』より一日一句ご紹介しております。
月刊誌 『杜鵑花』毎月15日発行
A5判 約46ページ
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