実は中島飛行機武蔵野製作所専用線は
後に武蔵野競技場線(通称)となりました。
東京都水道局専用線も一緒にあったりします。
三鷹車両センターの北側に2006年でも確認できる廃線跡。GoogleEarthより。
左手の武蔵境から延びるのは
中島飛行機武蔵野製作所専用線分岐部跡と水道橋専用線跡
右手の三鷹駅方向から延びるのは武蔵野競技場線跡。

分岐部分のアップ。(芦屋〜西ノ宮間の引き込み線跡とそっくりです…)

左手からアールを描いて右手に延びる跡は武蔵野競技場線
中島飛行機武蔵野製作所専用線は右に曲がらず真っ直ぐあったようです。
真ん中の紫がかった部分はGoogle特有の画像接続部。

はじめは立川方向からの分岐だけだったようです。
1948年 国土交通省 国土変遷アーカイブ空中写真閲覧より。
もうちょっと引きの画像。工場の北側へ回り込む線路跡が確認できます。
工場は爆撃された跡がある様に見えます。

1957年(昭和32年)中央本線支線通称:武蔵野競技場線時代。
営業は開催日のみだったようで、主にプロ野球だったそうです。
左手は境浄水場へ延びる水道局専用線になっていると思われます。
1950年05月:中島飛行機武蔵野製作所専用線廃止
1951年04月:武蔵野競技場線開業
1959年11月:武蔵野競技場線廃止
水道局専用線の使用開始、廃止年月は不明。(調べられませんでした。)
工場敷地跡には中島飛行機の名残で富士重工業の社宅があるようです。
資料:日本鉄道旅行地図帳
停車場変遷大辞典