松戸市って、意外とイベントがあるんですよ。
あまり目立ちはしませんが、充実したエンターテイメントも、
こっそりとあるのです。たとえば今回拾ってきたのニュース記事なんかは、
松戸市で行われたイベントの記事ですしね☆
歌手生活 支えたお手本
「若い時よりは、楽しみながら仕事ができている感じです」(東京都内で)=岩佐譲撮影
太田 裕美(おおた・ひろみ) さん 歌 手
1955年、東京生まれ。74年デビュー。18日には千葉県松戸市文化会館で、伊勢正三さんらとコンサートを開く。NHK・FM「ミュージック・プラザ」(金曜午後4時)、文化放送「太田裕美のおいしい噂」(土曜午前9時半)に出演中。
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ジャケットの隅がところどころすり切れたレコード盤を取り出した。30年を超える歌手生活の大半を、この1枚が見守り続けてくれた気がしてならない。
アメリカの女性ジャズボーカルの第一人者、ペギー・リー(1920〜2002)のアルバム「レッツ・ラブ」。表題曲の「レッツ・ラブ」は、54歳のペギーが、親子ほど年の違う元ビートルズのポール・マッカートニーから贈られた作品だ。
プレーヤーの針を落とすと、ペギーのハスキーな声が、いつも新鮮に響く。
「聞く度に、あらゆるものに対して、ときめく心を大切にね、と言われる気がします」
22歳の誕生日、当時所属していた事務所のスタッフがプレゼントしてくれたレコードだ。
当時、デビューから2年余り。「木綿のハンカチーフ」などのヒット曲に恵まれ、アイドルとして人気は高かった。しかし、これからの自分がどうなるのか、将来像を描けず不安だった。「50歳代になってもこんなふうに歌い続けられたら」。お手本を得た気がした。
30歳で結婚し、2人の男の子を育てた。買い物して、洗濯して、子どもを散歩に連れ出して……という単調な日々に、「社会と遮断されたみたい」と感じた時期もある。しかし、二男が幼稚園へ入って、自身の音楽活動を再開した後も、家族との時間を優先してきた。
朝、弁当を作って子どもを送り出す。夕方までには仕事を終え、子どもを自宅で迎える。自称パートタイム・シンガー。「気持ちの切り替えは、仕事場と往復する間にできています」
50歳を過ぎた昨年、22年ぶりにCDアルバム「始まりは“まごころ”だった。」を出した。当時のペギーの年齢までもう少し。振り返れば、このレコードを手にした22歳の時に思い描いた通りに、年を重ねることができた。「無駄なことは一つもなかった、と思えてうれしいんです」
この春、長男が大学に、二男が高校に進み、子育ては一区切りついた。家族4人が食卓にそろうのは週末ぐらいになった。でも、終わらない。
「スペインに移り住む計画を立てているんですよ。二男が社会に出るころだから7〜8年先かな」。レコードを手に、昔と変わらない笑顔でほほえんだ。(室靖治)
(2007年5月17日 読売新聞)
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