1昨日・・・・・・
旅立ってしまいました。
母が亡くなって、淋しくなった我が家の事務所にある庭に、ある日忽然と現れた子犬でした。
柴なのかコリーなのか、ダックスなのか判らない、胴長のへんてこな子犬で〜
1週間貼り紙をして、飼い主を捜しましたが・・・それからズーッと我が家に棲みついて、
13年の時の流れを共有した大切な家族でしたが、春の季節にやってきて春の山へかえって行きました。。。。。
昨日、家族みんなでトム君を荼毘にふしてきました。
トム君の小さな棺は、パパさんがトムにしてあげれる最後のことだからと・・・手作りしました。
トム君の遊び相手だった、ほころびだらけのスヌピーやゴリラのお人形も入れてあげました。トム君は、いつも自分が無視されると「遊ぼうよ!」とスヌピー達をふりまわしたものでした。
トム君は食パンの耳をほんの少し〜次男君から貰うのが朝の楽しみでしたが、ダンダンお腹に悪くなってきたので最近はあげなかったので、大好きなパンも入れてあげました。
余命いくばくもないなら好きな物を食べさせてあげたらと次男君に言われていたのですが、どうしても長生きして欲しいと思い、大好きなアイスクリームもあげませんでした。
沢山あげるとお腹に応えるので、いつも私が食べた残りのカップを隅っこに運んで密かに楽しむのが彼の最高の至福だったので、こんなに早く亡くなるなら前日に思い切り食べさせてあげたかったなぁ〜と、少し後悔しました。
大好きな食べ物を一杯入れてあげました。。。
トム君の晩年は薬でもっていたようなもので、心臓・肝臓・お腹の薬も余分に頂いていたので一緒に入れてあげました。
友人がトム君のために花束を下げてお別れに来てくれたので、トム君の棺はお花でいっぱいになりました。
元気で若い頃の体重は14キロでしたが、下半身不随になってからは9キロキープがやっとで、でも太りすぎてなかったので健康維持できたと思っています。
皮下脂肪が少ない分、夏場の冷房、冬の寒さにお腹を冷やさないように腹巻をした、オッサンスタイルで年中過ごしていました。^^時々は、家族みんなで皮下脂肪をトム君に分けてあげたいと笑いあった日々でした。
それでも先日の急変から体重は7キロまでに落ちてしまって毎日、貧血と心臓の治療に通った1ヶ月でしたが・・・
トム君の身体は細く小さな煙になって、山の頂に帰っていきました。
きっと今度は自由に野山を駆け巡れるように家族でお祈りしました。
そして更に軽くなったトム君の骨を皆で小さな骨壷に入れました。
五体満足で生まれ変われるように、立派に残っている犬歯の形も入れてあげました。
いつも事務所の奥で会長さんとして構えていてくれたトム君がいないのは淋しい限りで・・・パパさんは思わず「落選した時より応える」と呟きました。
これからは夫婦喧嘩のタネを拾ってくれるトム君もいないので、仲良くしないとねぇ〜と、トム君の影の声が聞こえます。^^
あまり泣いているとトム君が悲しむので今日を限りに泣かないでおこうと思います。
デジカメの中に残っているトム君の画像で療養中のものは、今朝、切ないので消しました。
いつか、楽しかったトム君との思い出を何処かのブログで書ける機会があるまで、トム君の画像をパソコンの中にいっぱい仕舞っておきます。
ヤフーページからセキュリティー画面に入る時には番犬トム君の画像が番犬の役割をしてくれています。
家のほうのトム君グッズは1週間後に処分しようと思います。トム君の骨壷はお爺ちゃんの仏壇の下へ置いて、来月には仲間の大勢いる共同墓地に納めようと思っています。生前、散歩もままならなかったトム君ですが、きっと仲間が迎えてくれるでしょう。
身体の不自由なトム君がいたので〜
お泊りに出かけるときは夫婦のどちらかか、2人で出かけるときは娘がトム君介助をしてくれました。亡くなった日の朝にトム君の最後のウンチを取りました。
自分でウンチもオシッコも出来なかったトム君の、私は1級介護士だったのでワンコ介護に免許があれば、いつでも介護できますよ。^^
朝夕7年余り、トム君のウンチとオシッコで健康状態に一喜一憂した日々でしたが・・・
夫婦の居間兼寝室も30過ぎた娘や息子が、トム君に会うために入ってきたもので、トム君は家族の大切な絆でした。
身体が不自由になってからは、何処へ行くのも一緒寝るのも一緒の毎日だったので、何だかポッカリと空洞ができた変な感じは暫く続くことでしょう。。。
by トム君のママ at 17:17
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