アルバが待機中の人員に警戒を呼びかけているころ、ポラリス、ティグリス二人と禍外狼(カゲロウ)との戦闘は未だ続いていた。ポラリスの槍の一初撃が掠るだけで終わってしまうという結果となってから、禍外狼は警戒を強めヒット&アウェイの戦法を取り始め、戦闘は長期化していた。
「いい加減に―――!」
苛立ちの声と共に、幾度目となるか分からない突きを放つポラリス。走る禍外狼の体を捉えたかと思われたそれは、その体から立ち上る陽炎を掠るだけで直撃することは無い。再度禍外狼に、距離を離された。
「Siven(シィーベン) rua(ルゥア) wioemd(ウィオエムド) einqert(エインクェルト)(七つ槍は包め穿つ)」
そこにティグリスの追い討ちがかかる。着地点を取り囲むように展開された魔方陣が、幻想の土槍を放つ。だが先ほどとは違い、無理な回避を行わなかった禍外狼は、着地の直後槍の間を縫って交わしきる。七つの槍全てが禍外狼の陽炎を貫通するが、だがその靄の内側の本体には届かない。
警戒を強めた禍外狼は、身にまとう靄を濃くしていて、その体のシルエットすらおぼろげにしか分からないほどになっている。この靄に魔術的効果こそ無いものの、視覚を惑わし攻撃を当たりにくくするという効果を出していた。
土槍を交わした禍外狼が木々の間を旋回して走り回るのを見て、ポラリスは息をつく。
「……本当、呆れるほどに素早いですね…」
「……このままじゃジリ貧だぜ? どうすっかポラリス」
その隣で構えてティグリスは問う。既に二人合わせて放った魔術の数は二十を超えていて、武器による攻撃はその倍以上。だがそれらは尽くを禍外狼にかわされている。
ポラリスとティグリスも、禍外狼からの攻撃を受けていない。だが体力は確実に削られてきており、このままでは疲労の隙を突かれてしまうのが明白であった。
この事態にどう対処するか問われたポラリス。やや荒れてきた息を整えて、即席の作戦の内容を伝えた。
「銀の飛礫を使います。すいませんティグ、時間稼ぎをお願いします」
「アタイが一人で抑えろって? いいよやってやろうじゃんか! その代わりなんか奢ってくれよな!」
ティグリスに負担をかけることを内心謝ろうと思ったポラリスであったが、直後のティグリスの要求でその気持ちを訂正した。これはギブアンドテイクだと。ポラリスは肩を落としつつ、地面に愛用の槍を突き刺した。
「……兄さんがお金をくれたら大丈夫です」
「やりぃ!」
腰につけたポーチから、指の間に挟んで銀色の光を放つ弾と、幾つかの魔石を取り出す。その腕を前に掲げ、足元にポラリスは詠唱を始めた。砕け粒子になった魔石が、ポラリスを中心に魔方陣を描き、彼女の髪がその光にあわせて淡く発光する。
「Diece(ディーセ) qein(クェイン)(舞い踊り),―――――――」
ポラリスが詠唱を始めた途端、禍外狼が行動を起こした。恐らく詠唱を阻害する目的で、ポラリスに向かって攻撃を開始した。彼女に向かって一直線に走る禍外狼。だがその前にティグリスが立ちはだかった。
「あんたの相手はアタイだ! Deil(デイル) gandr(ガンドル)(呪い撃て)!!」
振りかぶったこぶしの上に、一文字のルーンが浮かび上がる。赤紫に発光した文字を、ティグリスは勢い良く突き出した。同時、弾丸となり禍外狼に向かい放たれる。ガンドと呼ばれる、ルーン魔術特有の間接魔術。だがその速い一撃も、呼び動作ありの直線的な単発の攻撃。容易に回避されるに終わった。回避行動後、再度突撃を試みる禍外狼。だがティグリスのもう片方の腕に浮かび上がる文字を感じ取り、即座に回避行動をとった。横に跳躍した禍外狼の居た場所には、呪の一撃が打ち込まれている。
「だから言ったろ? あんたの相手はアタイだってな!!」
再度立ちふさがるティグリスの両の手には、再びルーン文字が顕現している。魔方陣を用いる魔術の体系とは異なり、一文字で行った場合のルーン魔術は式のイメージも工程も非常に簡易。戦闘において速射性を発揮できるという利点が存在する。錬度次第では剣を振りながらでも唱えられるという点から、ルーン魔術は戦士の魔術とも度々言われることがある。
一撃繰り出しては、もう片方のガンドを打ち出す。その間に空いた腕は魔石を取り出して、ルーンを展開。魔石の消費を考えない立て続けの間接攻撃が、禍外狼をポラリスに近づかせないことを成功させていた。
「Deil(デイル),deil(デイル),deil(デイル),deil(デイル),deil(デイル),deil(デイル),deil(デイル)」
そうして射撃を重ねていると、後方から甲高い音が響く。魔術の詠唱を終える直前であるということを表すためにポラリスが槍を蹴ったのだ。その合図を聞き届けたティグリスは、一つルーンを残したまま後退する。
禍外狼の視界に、風を纏う少女の姿が現れた。
「―――――Af(アフ) wiben(ウィーベン) vor(フォア)(そして風と共に)」
詠唱を終えると共に、ポラリスが両の手の銀弾を一斉に投擲する。その銀の飛礫はばら撒かれるように放たれる。風を纏い貫通力・殺傷力を与えられた飛礫。弾幕を意図して放たれたそれを視認し、禍外狼はその間を縫うように行動し始める。高々八つの飛礫は、禍外狼にとって穴だらけの弾幕でしかないのだ。
そしてその弾幕をすり抜けて禍外狼が走り抜ける。その瞬間――――ポラリスが差し出した右掌を握り締める。
「Sarken(サーケィン)(廻れ)」
その言葉と共に、鈍い打撃音が響き、禍外狼が纏う靄の一部が弾けた。よろめくその体躯。そこに打撃音は再び響き、禍外狼を仰け反らせる。周囲には、銀閃が走っていた。
物体操作。風を纏わせた物質の運動ベクトルを変更させる荒業、それがその正体だった。大きく外れるかに見えた銀色の飛礫は、八つ全てをポラリスの支配下に置かれその軌道をめまぐるしく変化させていた。さしもの禍外狼もその攻撃には反応できず、八つ全てを、その身に食い込ませた。
だが体高一メートル近くある狼状の魔獣。急所に当たったわけでもない飛礫を八つ受けたところで、致命には程遠い。よろめいた体勢を、四つの脚で地を踏みしめることで耐え、再び顔を前方に―――眼前に迫る拳に向けた。
「Gandr(ガンドル) deine(ディーネ)――――(呪い指せ)」
迫るのは腕甲をはめ拳にルーンを浮かび上がらせる少女ティグリス。ポラリスが作り出した隙を信じ跳躍しつつの拳撃が、回避もしようのないほどに迫っていた。赤紫に光るルーンが、一層その輝きを強くする。
「Fin(フィン) ede(エーデ)(フィンの一撃よ)!!」
フィンの一撃。概念を収束したのみの攻撃であるガンドを、物理現象に直接影響させるほどに収束させた一撃。それは拳と共に禍外狼の頭部を殴打した。
甲の当たる金属音と、何かの裏で硬いものが砕ける不快音、そしてフィンのもたらす乾いた音が重なって響いた。
「って、おわぁ!?」
跳躍の勢いを余し、禍外狼を乗り越えて地面に投げ出されるティグリス。拳を受けた禍外狼は身動きせず、そしてゆっくりとその体躯を横たえた。草地に倒れこむ肉体の音と共に、禍外狼の名を現すその陽炎が晴れていく。生命活動を停止させた証拠だった。
「ようやく一体かぁ……」
投げ出された体勢のまましみじみと呟いた声が、静けさを取り戻した場に行き渡った。ポラリスは槍を引き抜いて、ティグリスを起こしに歩き始める。
by 漢方薬屋 at 12:48
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